第17章 この指とまれ
頬をくすぐる実弥の指は、甘い香りがした。ジャムの匂いだ。
ひとまず厨の流しで水を浴びたが、落とすことのできなかった甘味料で前髪の一部が固まっている。
膝枕の話を聞いて、星乃は以前蝶屋敷で対面した天元のことを思い返した。
嫁の膝枕は派手に気持ちがいいという天元には、その嫁が三人いる。ということは、天元は三人分の美女 (想像) の膝を一人占めできるというわけである。
きらびやかな装飾品と三人の美女嫁の膝をはべらかせ大口で笑う天元を思い描き、その天元の言う膝枕と自分の膝枕は果たして同等なのだろうかという心がかりが星乃を過る。
実弥はこんな膝で本当に満足してくれているのだろうか。
ふいに実弥を見下ろすと、彼のまぶたは閉ざされていた。
全集中の呼吸は眠っていても巡っているので、実弥の胸板は今日も変わらず深く悠然と上下している。
「、ぁ"~······確かにこりゃあ、派手に気持ちがいいなァ」
「お、お役にたてたのなら、なにより」
「······寝ちまいそうだァ」
綻ばせた唇から発せられた一言は、語尾が青空に吸い込まれてゆくような音をしていた。
おずおずと、実弥の頭頂に手を添える。
ふわふわした髪に指先がくすぐられ、こちらまで気持ちよくなってくる。
そのうち本当にうつらうつらしはじめてしまった実弥を眺め、疲れていたのかもしれないなあ···と日々の忙しなさを案じた。鬼の出没が止まっても、柱たちのやるべきことは変わらない。
それなのに、一緒にパンケーキまで作ってくれた。
星乃は自分の羽織を実弥の胸もとへそっと被せた。
しばらくして気がつくと、実弥は眠りに落ちていた。
こんなときくらいしかじっくり拝めない実弥の寝顔を、ここぞとばかり眺めてみる。
眉が下がり、少しだけ幼くなった顔立ちの実弥は無防備だ。
( ······かわいい )
柔らかな風に靡く髪。
今年の夏もそろそろ締めくくりだとでも言うように、風鈴が涼やかな音色を奏で出す。
爽籟と紅葉が空から降り立ち、トコトコと近づいてきた。
人差し指を唇にあて、星乃は二羽の鴉に柔らかく微笑んだ。