第15章 とまれかくまれ
「ちゃかすんじゃあねェよ···。俺は本気だ。このぐれぇしか、してやれることが浮かばねェ」
「その言葉だけで、私は十分、幸せよ···」
「口にするだけなら何とでも言えるからなァ。これから先のこたぁ、俺にも考えがある」
いつまでもめそめそしている星乃へと歩み寄り、片腕ごと添え当てた羽織で涙を拭い取る実弥の背後から、「星乃さん」 清らかな声がした。
「お加減はいかがですか? お身体痛みません?」
しのぶだった。
「しのぶちゃん。ありがとう。今は背中に少し違和感があるけれど平気。ひどい痛みはないわ」
「まだお薬が効いているのでしょう。しばらくしたらまた痛みが出てくるかもしれません。そのときはおっしゃってくださいね」
ふわりと実弥の横を抜けたしのぶが星乃のひたいに掌を添え当てる。
しのぶの指先は、いつも冷たい。
体温も正常のようですね。そう言って微笑むしのぶは、まるでカナエの生き写し。
例えるならば天女だと、星乃は思う。
小柄で華奢な体躯には、藤の花のはごろもを纏っている。そんな幻を思い描いてしまうくらい、しのぶの身体からはいつも藤の花の香りがしている。
カナエが生きていた頃の強気なしのぶも大好きだったが、カナエを亡くし、妹たちを不安にさせないよう振る舞うしのぶを、星乃は見守ることにしていた。
それに、根っ子の部分はちゃんとしのぶのままだと感じられるから、妹たちも今のしのぶを受け入れているのだろうと思う。
「ところで不死川さん、まだいらしたのですか? 長居は禁物ですよ。それに、療養中の女性を泣かすなんてあまり感心しませんね」
「あ···っ、これは違うのよしのぶちゃん」
「いま出て行こうとしてたところだァ」
「実弥···っ」
実弥はそのまま振り向くことなく病室から立ち去った。
傷の状態をもう一度診たいというしのぶに応じ、星乃は病衣のボタンへと手をかける。
そういえば、実弥の言っていた『考え』とはなんのことだったのだろう。
( ···聞きそびれちゃったな )
また今度尋ねてみようとだけ思い、健診を済ませた星乃は再び寝台の上で安心しきったように眠りに落ちた。