第14章 :*・゚* 桃色時雨 *・゚・。*:
星乃は両掌で顔面を覆い隠した。
忘れたくても、例えあの日から目を逸らしても、けっきょくは染み付いてしまっているのだと思い知る。過去は決して消えやしない。
ふいに、どうしようもなく、申し訳ないという想いに駆られた。こんな身体で、実弥は本当にいいのだろうか。
とうの昔に、私は汚れてしまったのだ。
「星乃」
名を呼ぶ実弥の声が聞こえる。
心は実弥に応えたいと言っているのに。触れてほしい気持ちは溢れんばかりにあるはずなのに。
唐突にあの日の後悔ばかりが押し寄せて、この手で実弥をおおらかに迎え入れることができないでいる。
星乃、と再び呼ばれた。
どこからそんな音を出しているのと切なくなってしまうくらい、実弥の声はとても優しく星乃の情緒を震わせる。
手首に触れたぬくもりに闇がほどかれまぶたを開くと、ほのかに微笑む実弥の姿が視界いっぱいに広がった。
コツン。実弥のひたいがひたいに重なる。
それはまるで幼子をあやすような仕草と同じで。
たまらず目頭が熱くなる。
「余計なこたァ、考えなくていい。お前は、俺だけを見てりゃァいい」
「さね、」
「大丈夫だ」
「っ···」
ふわり。
銀色の髪が、ひたいを撫でた。
「俺が、───みんなまとめて取っ払ってやる」
この、迷いのない実弥の真っ直ぐな物言いが好きだ。
果敢さと、力強さに、いったいどけだけ救われてきたかわからない。
ここは、浮世から抜け出した束の間の福の中。
涙があふれ、恋しいひとの姿形が滲み出す。
消えてしまわないように、そのぬくもりを、密に確認するように、星乃は震える指先を朧気な輪郭へと差し出した。
実弥を。
実弥だけを、見ていればいい。
"大丈夫だ"
たった実弥の一言で、翳 (かげ) りを帯びた星乃の心にほのかな光がさしてゆく。私はまた、こうして実弥に導かれている。
ああ、あたたかい。
実弥もちゃんと、ここにいる。
生きている。
掌の真ん中に、小さな唇の愛撫が触れた。
指先の震えはおさまっていた。
実弥の手が衿もとに添えられる。
夜空の扉が、はらりと開いた。