第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
喧騒から遠く離れた山沿いの集落には、古くからの家並みがてんてんと続いている。
通いなれた平地を進み、村の外れに構える長手の塀に囲まれた屋敷の門扉 (もんぴ) をくぐり抜けると、庭先にぽつねんと佇む男の姿が目に触れた。
ほのか哀愁を帯びたその横顔には馴染みが薄く、飛鳥井星乃はそっと足音を忍ばせた。
男は足もとで揺らめく素朴な炎を見つめていた。
声をかけるか否か躊躇ったのは、本来ここより男のいる場所までは水鏡に映る程度の表情しか掴めない距離があるためだ。星乃の視力は人並みよりも優れていた。
悩んだ末、しばし物陰から様子を伺うように時が過ぎるのを待つことにする。
───送り火。
星乃自身も同じそれをしてきたばかりなので時間は考慮したつもりでいた。が、いかんせん勘が外れたらしい。
「オイ」
「─っ」
「いつまでそんなところで呆けてやがるつもりだァ?」
「ごめんなさい、やっぱり日を改めたほうがいいんじゃないかと迷って」
なんの前触れもなく呼ばれたことに驚いて、思わず肩が飛び跳ねた。
男はこちらに視線を配ったわけでもないはずなのに、星乃の気配を早々に察していた口ぶりで言った。
男の名は不死川実弥という。
鬼殺隊の中でも最も高い位の【柱】の称号を有する剣士。
柱とは、優れた剣術、ずば抜けた身体能力をもつ者ばかりの一目置かれた存在である。
実弥の眼差しからはすでに柔さが消えていた。時に見るものを震えあがらせる血走った双眸 (そうぼう) は、夜が訪れるごとに鋭さを増してゆく。
「ソッチは済ませてきたのかよォ」
「ええ、おかげさまで無事に」
凝り固まった首をほぐす仕草を見せながら、実弥は縁側に腰をおろしてあぐらを組んだ。
焙烙 (ほうろく) の中にある麻がらはまだ煤 (すす) を纏っていないものがあり、炎の上がり具合から見ても燃え尽きるまでは幾分かかかりそうだった。