第13章 過ぎ来し方、草いきれ
( ···え、っと···? )
どうしたらいいのかわからずに、たまらずまばたきを地面に落とす。
勇気を出して、躊躇いがちにもう一度視線を上げた。
瞬間、ドキッとした。
星乃の脳裏に、在りし日の実弥の眼差しがよみがえったのだ。
( ···盂蘭盆の、送り火の )
柔らかな眼差しだった。
鋭くもない。
血走ってもいない。
少しだけ切なげな、穏やかな双眸。
あの、銀杏舞い散る風景の中、時の間目にした眼差しも、やっぱり思い違いなんかじゃなかった。
今にして、切に思う。
どうして私の身体はひとつしかないのだろうと。
この世のすべての人たちに、触れて回ってしまえたらいいのに。
本当は、こんなにもあたたかな双眸を携えている実弥のことを。
もっと、たくさんの人たちに知ってもらいたいのに。
実弥が、とても優しいひとであることを。
そんなことを考えていると、控えめな速度で実弥の手が伸びてくる。
穏やかな手つきで触れられたのは、こめかみの辺り。
肩が、ぴくりと跳ね上がった。
「···普段と、違ェ」
「えっ、あ、えっと」
「着物とか、髪とか···あとは、なんだ···女のもんはよく知らねぇが」
耳の輪郭を撫でられて、たまらず零れ落ちそうになった声音が寸前で吐息に溶ける。
植物が土の中から懸命に芽を出そうとするようなもどかしさ。そして高揚。そんなものに似た感覚が、みぞおちの辺りをむずむずさせる。
やけにじっと見つめてくるなと思ったら、隊服ではないことや、うっすらと化粧を施していることにようやく実弥は気づいたらしい。
少しでも、実弥に綺麗だと思われたかったの。
心の中でなら躊躇わずにそう言えるのにな···と、星乃は頬を赤くした。
情けないことに、今はこの距離感を保つだけで精一杯の状態だ。
そっと近づいてくる実弥の顔が、星乃の眼前に影を作った。
隊服を握りしめる手に、無意識に力が加わる。
ひたいを掠めた実弥の髪の質感も、胸の奥がきゅうと鳴いたことをかわきりに、意識は唇の一点へと集中した。
まぶたを閉じると、柔らかなぬくもりが唇に重なった。