第3章 その蝶、侮ることなかれ
田園の中心を流れる広大な用水路では、村の子供たちが随所で水遊びを楽しんでいた。水嵩も浅く透明度の高いこの場所は、夏に涼を求める村人たちの格好の憩いの場だ。
「─っ、」
水しぶきに頬が濡れ、星乃は驚いて立ち止まった。
指先で水滴をぬぐっていると、横合いから「あわ、わ」と慌てふためくみずみずしい声がかかる。
直後「すみません」と詫び入ったのは、袖のない真っ白な綿の服から浅黒い二の腕が伸びている、虫取り網を持った少年だった。見渡せる数の子供たちのなかでも一番に背丈が大きく、発音からは幼さが抜け、芯が感じられる。
彼の傍らにいる二人はさほど変わらぬ背丈の男児と女児で、三人の関係性はまだ不明だが、この、網を持った少年が年長者だろうと思われた。
「そんなそんな、顔 (おもて) を上げて? ほら、私は大丈夫だから」
大人顔負けの礼儀正しさに、星乃のほうがあたふたとしてしまう。
「でも、浴衣のほうが」
少年に指摘され、「あら、本当」
よく見ると、おろしたての浴衣にも水滴が跳ねていた。胸もとの辺りに小さなものが点々と。それから、膝下にかんざしの長さ程度のものが幾つか。
「今日はとっても暑いもの。このくらいあっという間に乾いちゃうわよ」
よく晴れた空を仰ぎ見て、星乃は「ね」と少年に笑顔を返した。
お前たちもほら、ちゃんと謝るんだ。
そう促され、二人がごめんなさい、と小腰をかがめる。星乃の浴衣は白地のもので、濡れた箇所が際立って透けていた。
とはいえ八月の炎天下である。燦々と照りつける太陽。気温は現在も上昇中。この程度の湿り気ならあっという間に蒸発してしまうだろう。困るほどのことではない。
「いいのいいの。本当に気にしないでね。それより、ここにはお魚がいるの?」
「うん! ほら見てくれよ。これ、全部兄ちゃんが取ったんだ」
脇に置いてある銀色のたらいを覗けば、透明に近い小さな淡水魚が数匹そよそよと泳いでいた。
「わあ、すごい! 随分と小さなお魚なのね。ここ、よく通る道なのに全然気がつかなかったわ」
「兄ちゃんは魚取りの天才なんだぜ」
「こら、大げさなことをいうなよ三夫」
「ふふ。そっか、三人は兄妹なの」
「はい。お姉さんは、今から縁日ですか?」