第2章 鼓動の音は、不規則なみぞれ
「まずなァ、俺は幼虫から成虫になってく様を別段好んで飼育してんだぜェ。成虫に育ったらコイツらは山へ返すことにしてんだよ」
「じゃあこの虫籠のなかにいる子たちは?」
「一、二週間はここで飼うヤツもいる。もしくは山んなかで生きられなさそうなヤツをここで面倒みることにしてるってェだけだ」
星乃は双眸を輝かせた。生き物に対する実弥の心持ちにいたく感心した。
幼虫はどこにいるのかと訊ねると、以前客人が来客した際気味悪がられたので別室で飼育しているという。
「私、幼虫も見てみたいわ」
「···オイ、勝手に邪魔しようとしてんじゃねぇ」
「いつも付き合ってくれているお礼に何か作ろうと思って。いけなかった?」
「作るゥ? 何をだァ」
「朝ごはんよ」
「はァア? んなもんはいらねぇんだよ馬鹿が! だいたい、てめぇ白米も満足に炊けねぇだろうがァ!」
「あ、ひどい。近頃は婆様に習ってお料理もがんばってるのよ」
「礼なら婆さんのおはぎで十分だ! とっとと帰りやがれェ!!」
「ちょ、実弥」
ぽいっ。星乃は実弥に首根っこ掴まれ、玄関口より外 (おもて) へと追い出されてしまった。
早々に、引き戸がぴしゃりと閉められる。
実弥、ともう一度呼びかけてはみたものの返事はなく、物音も聞こえない。
もう、なにも、あそこまで怒らなくたっていいじゃない。そんなに私の作るものを口にしたくないっていうのかしら。失礼しちゃうわ。
開かぬ戸を前にぷくりと頬を膨らませても、引き戸が再び開かれることはなかった。
しかたなしに、星乃は風柱邸をあとにすることに決めた。
実弥はしばし玄関の上がり框 (がまち) にうなだれるように座り込んでいた。
外から「また来るわね」との声がし、星乃の気配が遠ざかる。
「···飄然としてんじゃあ、ねぇよ」
稽古よりも、こっちのほうが至難だぜぇ···。
前屈みのまま深く深い息を吐き出す実弥の心中など、星乃は知るよしもないのだろう。
カブトムシを見たときの、星乃の屈託のない笑顔が脳裏にちらつき眩暈を起こしそうになる。
「いつまで耐え忍べんだか、わかったもんじゃねェぞ······」