第9章 花札の耳飾りは慈しみに揺れ
見慣れない天井を霞がかった頭で眺め、一回、二回とまばたきを繰り返す。
しばらくして、星乃は飛び起きた。
周囲に視線を巡らせると、ゆうに十人は寝転べそうな藺草 (いぐさ) の香る畳の間だった。
ふすまの上段を障子で型どった和紙からは柔らかな陽の光が透けている。しかしそれは奥方の床の間に飾られた山水画の掛け軸までは行き届かずに、太古のおとぎ話にでてくるような秘境を描いた色味のない風景はうっすらと閑寂を帯びていた。
その部屋の中央に敷かれた綿布団の上に、星乃はいた。
「···そういえば、私」
風柱邸までやってきたのだということを思い出す。到着した直後に呼吸が乱れ、実弥が寄り添い介抱してくれたことも。
「もしかして······ここ」
首もとに触れると隊服の詰襟が二段分ほどかれていた。おそらく睡眠の苦にならぬようにと実弥が外してくれたのだろう。
前方にある衣紋掛けに吊るされた羽織も自分のものだ。
ああ、と、星乃は掌で顔を覆った。項垂れながらため息を吐き、また実弥に迷惑をかけてしまったという自己嫌悪に襲われる。
実弥はどこにいるのだろうか。お詫びと、それからお礼もしに行きたい。思うものの、勝手に屋敷を出歩いてよいのか迷うところだ。
実弥は、柱になってからより鍛練に自由のきく広い庭付きのこの屋敷に越してきた。玄関先まで踏み入ったことはあっても上がり込んだのは初めてで、屋敷内をあちこち探し回るのはなんとなく気が引けてしまう。
うーんと考えあぐねていると、どこからともなく流れてきた芳醇な香りが鼻腔に絡んだ。
(···お味噌? お出汁かな? いい匂い···)
あたたかな家庭の香りがした。
日常に溶け込むありふれた優しさや安堵感。それらは人の心に心地よい安らぎを与えてくれる。同時に、抑えていたもどかしさや遣る瀬なさをも手招く。
目頭がじわりと痛んで、視界がぼやけた。
杏寿郎と過ごした日だまりのような優しい時間が、何度も何度も脳裏に浮かんでは消えてゆく。
杏寿郎ほどの剣士が殉職なんてありえない。
訃報を聞いた瞬間は、誤報ではないのかと疑った。