第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
下弦の鬼を屠った直後、突然上弦の鬼がその場に姿を現したと鴉から聞いた。奴等が『柱数人分に匹敵する強さである』というのは確からしい。
だが、杏寿郎は全うした。
多くの命を守り抜き、生涯を仕遂げた。
無限列車の乗客計二百名、負傷者こそいたものの、死者は皆無であったという。
ただ一人、
煉獄杏寿郎を除いては。
「泣くな······星乃」
金輪際、無駄になどしてやるものか。
実弥は誓う。
散っていった、仲間の意思を。
想いを。
願いを。
自分たちは、託されたのだ。
「お前が泣くと、俺も痛ェんだ」
いつか必ず、理不尽に嘆き悲しむことのない、鬼のいない平和な世界をお前に見せると約束するから。
「──────…好きだ、」
実弥の声が、ぽつねんと一刹那漂った。
誰に聞かれることもない密やかな告白にかき消された星乃の寝息が、すぐにまた緩やかに紡がれはじめる。
長年、胸に秘めてきた想いだった。
何度も「違う」と言い聞かせ、気の迷いであればいいと願った。口にしようものならすべてを壊してしまう気がして恐ろしかった。
反して日に日に募る想いに、どうしようもなく苛立ってしかたがなかった。
枕もとへと手を落とし、星乃へと接近する。耳殻を擽る微かな呼気に実弥の背筋がそくりと粟立つ。
音を殺してひたいに落とした唇は、そっと触れる程度の、ささやかなもので。
実弥はその場を後にした。
縁側で、風に吹かれる。立ったまま見上げた空は、青を水で溶いて薄めたような色をしている。
「匡近よォ···。いつか、お前に話したことがあったなよァ。俺は、そんなもんに現を抜かす余裕はねぇんだと」
匡近が今も生きてここにいたなら、星乃に恋心を抱くことはなかっただろうか。
いいや、違う。匡近がいた頃から、星乃のことが好きだった。そうであっても、ふとどきな望みは持ち合わせていなかった。
二人が幸せであることが、実弥の希望の源だった。
「匡近、すまねぇ···」
ぽっかりと浮かぶ白い半月。
詫びたところで手放すこともできやしない。
兄のように慕った男の許嫁に、狂おしいほどの恋情を抱いたこと。