第1章 はじまり
次の休みの日。
空は薄暗い雲に覆われて、朝からしとしとと冷たい雨が降り続いていた。
「今日はお散歩は無理か〜」
あれからなかなか湖まで行く時間が取れずに、私は名前も知らない彼のことを心の隅でどこか気にしながら過ごしていた。
暇だし、アンナをお茶にでも誘おうかな。
近くに住む友達の顔を思い浮かべると同時に、もう一つ思い出した。
そうだ、プリンセスの選定式に向けてドレスを選んだり髪を整えたりするから今月は忙しいって言われてたんだっけ。
カレンダーを見ると選定式まであと3週間。
招待状が届いてから、友人たちは皆浮き足立っていた。
みんな忙しくしてるのかなぁ。
道で会えばその話題でもちきりで、行かないつもりでいるのなんて私くらいなんじゃないだろうか。
たいして予定が書かれているわけでもないカレンダーに目を走らせる。
彼と初めて会ったあの日から、は2週間か。
……。
こんなふうに、ふとした拍子に思い出してしまっている。
また、会えるかな。
確かな約束はなにもないけれど。
降り止まない雨を恨めしくおもいながら、芽生えた気持ちが大きくなってしまわないように考えるのをそこでやめた。
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そして雨の上がったその日の夕方、大通りをリンと散歩していた時のことだった。
(嘘でしょ……?)
道の反対側に彼の姿が見えた気がして立ち止まる。
やっぱりそうだ。
どうしよう。
多分、向こうは気づいてない。
悩んでいると、馬車が通りかかって視界を遮った。
胸はドキドキと早鐘を打ち始める。
リードを握った手が緊張で汗ばむ。
よし、声をかけよう。
やっとそう決心がついたのに、馬車が通り過ぎた向こう側にはもう彼はいなかった。
「はぁ〜……」
一気に脱力してしてため息をつく。
やっぱりタイミングって逃しちゃダメだよね。
せっかく会えたと思ったのにな。
「でかいため息だな」
(え、嘘でしょ?)
心の中でさっきと同じセリフが繰り返される。
この声……。
振り返るとそこには、彼が立っていた。