第1章 はじまり
(起きるの待ってるのも不自然だよね……)
「でもまぁいっか。お邪魔しまーす」
と小声で呟きながら、少し離れたところに腰を下ろした。
「たまにしかこないんじゃなかったのか?」
「えっ?!」
目は閉じたまま。だけど寝言じゃない。彼の手がアーサーの背中を優しく撫でていたから。
「た、たまたまですっ」
「ふーん」
また。自分から話しかけてきたのにそんなに興味なさそうな反応。
それ以上の会話はなく、ただ穏やかな時間が過ぎていくばかり。
(やっぱりとっつきにくい人だな……かっこいいけど)
駆けていく愛犬を目で追いつつも、気持ちの良い昼下がり。ついうとうとしかけた時だった。
キャンキャンと鳴き声がしてハッとする。
「どうしたの?」
こちらに背を向けて吠え立てるアーサーの視線を辿るとそこには。
「毒蛇だな」
後ろから彼の声がした。
草むらから這い寄ってきたらしいその蛇は、アーサーの勢いに負けて逃げていった。
「ありがとうアーサー」
そう声をかけると振り返ってしっぽを振って嬉しそうにしている。
「守ってくれたんだね。君はほんとに騎士みたいだなぁ」
「は?」
何故か驚いたような声を出す彼を見ると、訝しげに眉を寄せていた。
「なんだよそれ」
「この子キャバリアですよね?キャバリアって"騎士"って意味なんですよ」
「ふーん……」
あ、なんか新しい表情見られた気がする。そんなことを思いながら少し鼓動が速くなっている自分に戸惑った。
「そろそろ行くか」
アーサーをリードに繋いだ彼は歩き出した。
あ、行っちゃう。そう思った私は気がつくと「あの」と彼を引き止めていた。
「なに」
そっけない返事。
「っと……」
別に何か言いたかったわけでもなく、手に持ったリードをもてあそびながら返事に詰まっていると、彼が口を開く。
「休みの日はだいたいこの時間にここに来てる」
「え、休みの日って?」
曜日とか決まってるのかな。
また会えるかも、という期待に任せて聞いてみるものの、彼は「さぁ?」と少しだけ笑うと去っていってしまった。
なに今の。
なんで最後ちょっと笑ったの?
その笑顔は脳裏に焼き付いて、しばらく私を悩ませることになるのだった。