第17章 前払い
「…………………」
すこぶる気持ちの悪い目覚めだった。
えらく喉が渇いているし身体は汗なのか何なのかベタついている上 すでに要所が筋肉痛だ。
リネルは重い頭を起こしてここまでの記憶を辿った。
呑んでいた折、半ば無理矢理の性行為に至り その後そのまま寝てしまったようで 若干記憶が曖昧だった。
ベッドから身体を起こすと隣にはイルミの背中がある。部屋の柱時計に目を向ければ 真夜中と言える時刻を刻んでいた。
入浴はおろか洗顔すらしていない状況に溜息を付く。ベッドを出てとりあえず部屋にあるバスルームへ向かった。
洗面台の鏡を覗き込む。
乱れた髪を軽く整えていると、昼間の首筋の痣が目に止まった。鈍い色味で鬱血するそこは じんじんと緩い痛みを醸す。よりにもよってこんなに目立つ場所に痕を残すなど、イルミは本当にデリカシーもなければ容赦もない。
首元の隠れる服は所持していたかと頭の中で模索していると 大きな溜息が出てしまう。
鏡を見ながらそっと痣を撫でてみる。すると自身の手に見慣れないものを見つける事になる。
「……………………これ」
キラリと小さな光りを飛ばすそれに 直に視線を落とした。左手の薬指には、たしかに指輪が一つある。
それは婚約指輪選びの際、リネルが最初に指摘を出したシンプルなデザインの指輪だった。
ぽかんと呆けた顔で、しばらく指輪を見つめてしまった。
シャワーを浴び部屋に戻る。乱れたベッドの様や放置されたリネルの服はありありと先程の劣情を物語っているし、複雑な気持ちもなくはない。
髪を拭きながらベッドに近付くと、イルミがゆっくり寝返りシーツの上から顔を覗かせてくる。
「ごめん。起こしちゃった?」
「寝てても起きてるようなモンだから」
「何それ、意味わかんない」
リネルは左手を広げる。
例の指輪が見えるよう、腕を真っ直ぐ前へ伸ばした。
「ねぇ、……これ……」
「ああ リネルそれが欲しそうだったから」
表情こそ普段と変わらないが 実際は眠いのかどうなのか、イルミはベッドに頭を戻してしまう。
すんなりそう言われると急に恥ずかしくなり頰がじわりと熱くなる。照れ隠しのよう、リネルは視線を絨毯に外した。