第14章 婚約指輪
2人は使用人が運転するゾルディック家の車で例の店舗があるというショッピング街へ送迎された。
ここは広い道路を挟み 左右にはブランド店が立ち並ぶメジャーな場所だった。世界中の有名店が揃うので いつも大勢の人で賑わっており、今日も着飾った男女や裕福そうな老人が通りを所狭しと横断していた。
送迎車が去るといよいよ2人きりになる。
リネルは早速、イルミに深々頭を下げた。
「この前はごめんっ…」
「ああ 前の夜のこと?別にいいよあれくらい」
クリーニング代と迷惑料の請求くらいは覚悟していたのだが。イルミは想像以上にしらりと話題を流してしまう。リネルは顔を上げ、下からイルミを見つめる。
「なに?」
「イルミが案外おおらかで驚いてる……私だったらさすがにちょっと引くけど」
「慣れてるって言ったよね。行こうか」
歩き出すイルミについて、リネルも足を進めた。回りの店舗や道行く人々の洋装や雰囲気を見渡した後、イルミの背中を見つめてみる。
この場に違和感のないシンプルなジャケットを着込んだ姿は初めてみる。長身なイルミの体型にはよく似合っているし 街中を歩く姿こそ新鮮だが、こうして見るとそれなりによく見えるものだと思った。2人で白昼に人前を歩く事は当然初めてだが、周りからはいきなり夫婦には見えずとも、恋人同士くらいには見えるのかと考えると 変に気恥ずかしくなる。
しかし、今日は一応デートであるはずなのに イルミは嫌味かと言いたい程に長い足で 1人サクサク進んでいく。
こういうシーンでのスタンダードであろう「手を繋ぐ」「腕を組む」なんてのを 自分とイルミに置き換えて想像するだけで鳥肌が立ちそうなので、遅れを取らぬよう足を早め リネルは後ろから声をかけた。
「婚約指輪なんて貰えると思ってなかったな」
「母さんうるさいしね。ま、それくらいは買ってあげてもいいんだけど」
「指輪じゃなくてキャッシュでもいいけどね」
「可愛げないよね リネルって」
「冗談だよ。……ありがとね……」
不思議と笑顔になった。この感情は素直に喜び、と言えるだろう。
それを言葉や態度では到底表現出来ないが、そう思えただけ今は十分進歩だろう。そう感じながら リネルはイルミの背中について行った。