第80章 棺(ひつぎ)/日常
「……イルミ それはズルい」
「これくらいのハンデは必要だよね」
「あ~」
イルミは 足元で小さな手を伸ばしてくるリオンを無視し、手にしていた物を素早くしまってしまう。これではリオンが怒るのも無理はなかった。
「あう あーう!」
「触るのはまだ早いよ。念を覚えてからね」
「うあ」
「うあじゃないよ。念ね、ね ん 」
リネルはぽかんと口を開ける。
数日前にも見たカルトとリオンのやり取りを目の前で再生されるようで、さすがにぷっと吹き出してしまう。クスクス笑っていると イルミにそれを指摘された。
「何笑ってるの?」
「何でもない。兄弟だなあ!って思って」
「なに言ってるの。親子だよ」
「わかってるよ」
慣れない公園遊びが盛り上がるわけもなく リオンを膝に抱えて何度か滑り台を滑ってみた。はしゃいだ声を出すリオンを見ていれば こちらも気持ちが明るくはなる。
それなのに気付けばいつの間にか イルミの気配が随分遠い。
リネルはふうと溜息を吐き、イルミによく似たリオンの猫目を見つめた。
「もう パパは迷子なのかなあ…」
「だあ」
この柩は広いとはいっても リネルの視力なら十分見渡せる程度である。ぐるりと園庭を見渡せばすぐにイルミの姿を見つける事が出来る。
「いた……何してるんだろ」
奥の方にある一際大きな木の太い幹の側で、何をしている様子もなくじっとその木を見上げていた。
「ここにはいい思い出はない」そう言っていたカルトの言葉をふと思い出した。
「よし。もう一回滑ろうかリオン!」
「あ~」
きっとイルミはイルミでこの柩に様々な記憶が残っているのだろう。リオンを抱き滑り台を登りながら リネルは勝手にそう決めつけた。
fin