第80章 棺(ひつぎ)/日常
リオンが生後10ヶ月を迎える頃。今ではハイハイが上手になり 名前を呼べばくりっとした眼を向け てててとこちらへ向かってくるまでに成長していた。
離乳食なるものもスタートし、毒入りミルクと平行しドロドロに潰された流動食を与えられては 口の周りをぐちゃぐちゃにしながら食事をとる日々。
そんな赤ん坊独自の仕草に魅せられているのはリネルだけではなく、キキョウを始め他の家族や一部使用人もリオンをそれなりに気に掛けていた。
◆
そんな頃。
シルバより命令を受け、リネルはこの家の末子とリオンと共にククルーマウンテンに存在するある場所を訪れていた。
数歩前を静かに進むカルトの小柄な背中に続きながら 暗殺一家の広大な山に似つかわしくないその場所を 興味の目でくるくる見回した。
「久しぶりだな ここに来るの」
「カルト ここって……」
「“柩”」
「ひつぎ、……」
訳もなく言葉を反芻した。
この場の名前と場景とはどう見ても真逆、ここはリネルの目には俗に言う“公園”に見えた。雨風に晒されているせいか一部錆び付いた部分もあるブランコや滑り台、シーソー等の遊具のどれもが子供の遊び場だと語っている。
この場で遊ぶ資格を有する幼児と言えば数えられる極少数、今では該当者がいないのは事実であるし 人のいない山中の広い公園はどこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。
それでもリネルの口からは上ずった感嘆の声が漏れた。
「ゾルディック家の敷地内にこんな場所があったなんて知らなかったな…」
「ここは幼少期に使う最初の稽古場なんだ」
「そうなんだ」
安定するカルトの声とは逆に リネルの声色は明るかった。流星街なる無物の世界で育ったリネルには ただの公園が憧れであり、本の中にのみ存在する空想の場所だった。
我が子にそれを体験させてやれるなら 親としては素直に嬉しいものがある、カルトの背中に向かって話し掛けた。