第11章 真夜中
「あーあ」
「はぁっ…はぁ…ご、ごめ…」
屈辱感やら恥ずかしさやら申し訳なさやら。
泣きたい気持ちを抑え、汚れた口元を手で隠しイルミの顔は一切見ないままに ゆっくり身体を起こした。
「一気に吐いたね」
「ごめん…」
「まあオレは弟の訓練でこういうの見慣れてなくもないんだけど。さすがにかけられたのは初めてだけど」
「ごめん………」
「しかも一応結婚する予定のコに」
「ごめん…………………」
その場に立ち込める悪臭が酷かった。夕食ではそれなりのご馳走が振舞われたので それらが既に胃液と混ざり、消化不良を起こしている。固形物をまだらにとどめぬたぬたと衣服に絡みつく。
目すら合わせたくない状況であるのに、イルミはひたすら謝るリネルの顔をひょいと覗き込んでくる。
「この感覚だと今夜は朝まで吐き続けるよ。どうする?看病しようか 有料だけど」
実にイルミらしい提案だ。言葉の語尾に小さな苛立ちを覚えつつもリネルは何とか返事を返した。
「いらない。こんなの誰にも見られたくない……」
「強がらなくていいのに」
「別に、強がってない……」
「いいよ、わかった。水分だけはしっかり取ってね」
去り際は華麗にあっさりと。
吐瀉物をつけたままであるのにイルミはそれを気にする顔もなく、バルコニーの手すりを飛び越え 音もなくその場を去ってしまった。
「……誰が、頼るもんか……」
リネルはぽつりとそう言うと、洗面所で顔を洗い コップ一杯の水を飲み干しベッドに横になった。
女性として他人に嘔吐現場を見られること自体屈辱であるし、しかも相手は一応結婚相手。
心底惚れた男性でなかった事は救いなのかもしれないが、リネルの心境としてはさすがに複雑なものがある。
リネルはその夜 ほとんど眠れないままに毒の苦痛と戦うことになったが、そのかいあってか何とか明け方には回復を見せた。
とんでもない洗礼を用意してくれるゾルディック、どこか傍観姿勢のイルミの態度も心もとない。結婚に対しての怯えの念がますます強くなってしまった。