第76章 妊娠記録⑤終わりと始まり
イルミは臆する様子もなく平気で赤ん坊を受取ると、その子へ真っ直ぐ視線を落とす。
「生まれたてってこんなモン?」
「何が?」
「ヒトと言うより、動物と言うか」
「他になんかないのっ」
イルミとて悪気があっての感想ではなかったが、幼少時代の弟達は皆外見的な意味でも可愛らしかった覚えはある。産まれたては誰でもそんなものだと周りのフォローが入るのを聞きながら、イルミははらりと肩から落ちてくる長い髪を耳にかけた。
リネルはその様子を見つめる。うにゃうにゃ弱々しく動く我が子を抱く姿が不似合いで 少しだけクスリと笑えてしまう。
頭の中では長いようで短かった妊娠生活を思い出していた。不安も不満も散々あったが 終わってみればどれも些細な事柄であったような気がする。
最終的にはお腹が大きく重くなり日常動作すら大変だったが こうして見れば産まれた本人はまだまだ小さく儚い存在だと実感をする。看護師に抱かれていた時よりも、イルミの腕の中にいる今の方が 赤ん坊はますますこじんまりとして見えた。
ただ単純に、産まれたての我が子を抱いているだけのイルミの姿に不覚にも感動を覚え、じわじわ目元が熱くなってくる。
「子供は大人しくしてるのになんでリネルが泣いてるの」
「……泣いてないよ」
感動して泣くなど少しも柄ではないし、グッと涙を堪えてリネルは下手に笑ってみる。
少し身を乗り出し小さな赤い手に指先を差し出してみれば、我が子は反射的にそれをきゅっと握り返してきた。
「……かわいいね」
「そう?」
「かわいいよ 世界で一番」
「世界一って。いきなり親バカなの?」
言葉の真意が当てはまるかはさておき、無言での肯定を返してみる。
小さな手と触れ合っているだけでこみ上げてくる感覚は、 愛おしいというものだろうと納得をする。
「ね、このコの名前は?」
「リオンかカナテ。どっちがいい?」
「……。なんで2択?」
「候補一つでもし却下されたり何らかの事情で使えない場合にまた考えないといけないし、女のコの可能性もあったし実は4つ候補があった」
「…そうなんだ…」