第76章 妊娠記録⑤終わりと始まり
「イルミ様、これは社会勉強の一環でございますよ。ヒトの命を扱うお仕事なのですから 生命誕生の瞬間に立会うのも経験の一つにはおなりかと」
「そういうことだ」
シルバの後押しにイルミは二つ返事を返す。ツボネはふっと表情を緩めた。
「それに待っておいでですよ」
「リネルが?あんまりそうは予想出来ないんだけど」
「ホホ、よくご理解されておりますねえ」
「リネルとは仕事もらってからの付き合いで見れば長いしね」
「そうでございましたか。ただ、待っていらっしゃるのはお子様の方でございます」
「どういうこと?」
「そういうものですよ」
根拠はなくとも はっきりそう言った後、ツボネは再度シルバに会釈をする。
そして 音もなくその場を去ると イルミも後ろについて来た。
このルートを進むのは久方ぶりであるとイルミは思う。医療機器も医者の技量もどう見ても剰余しているこの家の広い医務室へ足を運ぶ事が少ないのは 何もリネルだけではない。
昔、修行や仕事でついた深傷を治療する為にここへ足を運んだ事もあるが ここ最近で言えば皆無であるし この景色が感慨深く懐かしいとすら感じられる。
部屋に近付くなり 気配を察したのか、真っ直ぐ猛進してくるのは母だった。キキョウは相変わらずの金切声をあげていた。
「あああぁもう遅かったじゃないのっ!でも間に合ってよかったわね早くリネルちゃんを応援してやりなさい!」
「応援て何それ。頑張れの一言で何とかなるなら苦労しないんじゃない?」
「手を握ってあげるとか励ましの声をかけてあげるとかあるでしょう?!もうヤダ全く気の利かない子ね一体誰に似たのかしら」
「そういう意味では母さんじゃないの?放っておく方がいいケースもあると思うんだけど…」
こちらの話をまるで聞いていない母に腕を掴まれ、引きずられるように部屋に入る事になる。
強制的にベッド横にある椅子に座らされる。弱々しく揺れる雰囲気の中、ぐったりしているリネルとすぐに視線が噛み合った。