第76章 妊娠記録⑤終わりと始まり
それすら保てない程 痛覚に脳と身体を支配されるとしたら 自分でも恐ろしいの一言である。
修行にしろ念の習得にしろ 苦行とは突き詰める所は己との戦いと心得ている、ジタバタもがき苦しむ所を他人に見せるなど どうにもリネルの自尊心を傷付ける。
今更逃れられない出産は、他人の目の届かぬ所で 自分だけで終わらせたいのが本音だった。
「…ああ 嫌ね…、なんだか涙もろくなりそうだわぁ…」
キキョウはキュンと目元を鳴らした後、ぐるんと素早く首を回し 後ろに立つツボネに声を掛けた。
「あのコに連絡は入れていて?」
「ええ。僭越ながらリネル様の代わりに我々使用人から。お子様ご誕生の兆候が と、取り急ぎ用件のみ」
「そう ならいいわ」
キキョウはゆっくり首を前に返す。キキョウの顔がこちらに戻る前、リネルの眉間が俄かに寄った。
ツボネがそれを見過ごす筈はなく、ニコリと笑顔で リネルの命令を無視した訳を話し出した。
「シルバ様の代の初孫様のご誕生です。ご自身のこなせる事をと殊勝なお心掛けは大変感心ではございますが、ご当事者に連絡を入れるのは当然の筋であるかと」
「……ふーん、そうですか」
痛みのせいにし、仏頂面で言う。
夕食後、連絡を入れろと気を回すツボネに「入れないし入れないで。帰ってきたら生まれてる作戦でいく」と単価を切ったのに それはあっさり流されていたことをこのタイミングで知ったのだった。
リネルの手を握り再度励ましの言葉を述べた後、キキョウは一旦医務室を去った。
リネルはツボネにジト目を向ける。相変わらずニコリとしているツボネに、つい嫌味を込めて言ってみた。
「ツボネさんて私の味方かと思ってたのに」
「ホホ おかしなことを。使用人には主の優劣などありはしませんよ」
「まあいいや。どっちにしろいつ帰ってくるかわからないし 納期きられるとヤル気も出るし」
「それはそれは」
「いつまでも痛いのも嫌だし、…早く終わらせる!」