第76章 妊娠記録⑤終わりと始まり
あれから数時間程。
じわじわと痛みが強くなるにつれ、リネルの口数はどんどん少なくなっていった。 先程やって来たキキョウは、ベッド横に置かれた立派な椅子に腰掛けながら静かな声でリネルに話し掛けていた。
とにかく今では違和感レベルは越えた確たる痛みがある。話すことが億劫であるような、気を紛らわす材料になるような、どちらとも言えない感覚だった。
「リネルちゃん ここから先は耐え時よ、頑張りなさいな」
「はい、…」
「こんな日くらいは心細いでしょうし甘えたかったかしら?私から口添えしてイルミの仕事外させたって良かったのに。」
「いえ、お気持ちだけで…」
リネルは鈍痛に歪んだ笑顔を浮かべ、本心を隠した模範解答を述べた。
「出産ていつに産まれそうになるかも読めないですし スケジュールに穴を開けるとシルバさんにも、もしかしたら顧客にまで迷惑が及ぶかもわかりませんし」
「リネルちゃん…」
「この家の一員として、私含めて各々に役割りがあると思っています。それを全うする事がゾルディック家への忠義の表れになるかと」
「ああ もう…貴女ってば本当に素敵ないい子ね…。でもせめて生まれる瞬間にはあの子 間に合って帰って来られたらいいのに…」
「……。イルミが帰るまでに 私は責任持って無事にこの子をこの世に送り出す。それが今の私に出来る最大限のことなので」
「…っ、リネルちゃん…っ」
表情はわからないが 涙ぐむ声を出すキキョウを見ながら、胸中では本音を反芻した。リネルが 要所で打算的なのは何も今に始まった事ではない。
医者や看護師はともかく、イルミ以外の家族とて正直例外ではない。痛みに苦しみ汗だくでのたうち回る姿を晒すなど リネルにしたら言語道断である。なにも女を捨てきれないとかそんな理由ではなく、そこにあるのは勝手なプライドだけだった。
それなりに体力にも実力にも、ハンターとしての生き方にも自負がある。