第75章 妊娠記録④おねだり
部屋のドアが開き 既に身支度を終えたイルミが顔を出した。目線は針に置いたまま 指先で優しく摘み、瞳の高さまで持ち上げてみた。
「これ、ありがとう…」
「貸すだけ」
「うん わかってる」
「勝手に使ったら請求出すよ」
「…イルミでも冗談言うんだ…」
「冗談?」
「これを使うってことは、私の死を意味するんでしょ?」
「うん。だから勝手に使ったら」
妙な言葉遊びには矛盾を感じなくもない。リネルは目線を針からイルミに移し、微笑んだ。
「限りなくゼロに近い“いざ”って時に使えばいいんだね」
「無に等しいリスクの為にそれを持ちたがる意味がオレにはわからないけど」
「いいの。お守りなんだし」
「その針は殺す事は出来ても何かを守る事なんか出来ないよ」
「そんな事ない。…大事なものを守れるし そうなった時 私はそれで救われる」
再び針に目を向ける。リネルは真剣な目をしながら口元だけをゆるく曲げていた。
この生き方しか知らないのだから、期間限定とはいえそれを奪った本人になら身を委ねても悪くない。何故か素直にそう思えた。
「私のハンターとしてのプライドを守ってくれる。これがあれば他の誰かに殺される事はない」
「オレになら殺されてもいいの?」
「私は昔からイルミの力や仕事の腕を評価してる。どこの誰かもわからない人間に殺されるよりは…認めた人にそうして欲しい」
「リネルのエゴで子供も道連れってワケ?」
「私の子だもん。きっと同じ気持ちだよ」
針をそっと元の枕元に置き、ベッドから降りると イルミの前まで移動する。お腹を撫でながら話しかけた。
「見て。また大きくなったでしょ」
「そうだね」
「名前ちゃんと考えてくれてる?」
「現状だと性別わからないから決めようがないけど」
「ネタバレしちゃうのも面白くないし。今から周りにあれこれ言われるのも面倒だしね」
「ま、いいよ。引受けた以上は対応する」
「ありがとう。でも変な名前だったらヤダよ?」
「任せる以上は信用してもらわないと」
こんな話をしていれば自然と表情が緩くなる。