第75章 妊娠記録④おねだり
リネルが瞼を開ける頃には、外はほんのり明るくなりはじめていた。起き上がろうとすると昨日の行為のせいか身体が重くだるさが残っている。それでも無理やり上半身を起こした。
当然 気になるのはお腹の子で、今更庇うように腹部を小さく撫で その胎動を追い全神経を集中させた。案外応えは早く内腹をしっかり蹴り返す我が子に 心底ホッと息をついた。
横にはすでにイルミの姿はないし、自身の着衣は乱れたままだった。
「…」
はだけた寝着の胸元を両手で押さえ 先程から嫌でも感じる気味悪く強烈なオーラを放つ物へ視線を向けた。
寝起きがスッキリしないのはこの強い念を肌で感じたせいもあるかもしれない。この気配を何と形容すればいいのか、表現が難しいと思う。適切な言葉が出てこなかった。
イルミの実力や能力はある程度把握はしている。
人間そのものを己の肉人形に変えてしまう程の操作の力は 表面上はシンプルで癖はないが その強制的な念の構造は複雑さを極めている。
目の前で禍々しいまでの威圧感を放つ針を見ていると、マイナスの想像力に蝕まれる。
仮にもし、イルミが対極位置に立つ敵であったとすればどうなるか。
この世界を生きるハンターとしてはそれを考えずにはいられなかった。欲しいとねだったのは自分であるが、たったの針一本で 絶対的立ち位置を服従で誓えと警告された気持ちになる。
枕元に留まる針にゆっくり手を近づけてみる。つい、寸でのところで手を止めて じっとそれを見つめた。
「綺麗…」
イルミが使う仕事道具にいつくか種類がある事は知っていたが、こうしてまじまじと観察するのは初めてだった。
普段使用しているものよりも一回り小さく華奢なその針は、神経質な程に繊細で美しいのに 目に見えぬ太い鎖に縛られているようで 迂闊に手を触れる事すら躊躇ってしまう。
視線だけが惹き寄せられ目が離せなくなる。
「起きてたの?」
「……うん」