第75章 妊娠記録④おねだり
リネルは思わず自身の腹部に目線を向けた。我が子のいる身体はどこからどう見ても臨月に近い妊婦であるし、腹の中で本人は元気によく動いている。
こちらから匂いの指摘をしたが、イルミが仕事内容にまつわる話をするのは若干珍しいとも感じる。
咎めるつもりも 確認をするつもりもないのに、返答のわかっている言葉を投げてみる。
「……どこかの誰かに恨みを買って依頼された以上 その女の人は仕方ないとしても、お腹の子と上の子には罪はないんだよね」
「母体が死ねばお腹の子も死ぬ。上の子供はそういう意味では気の毒だったね」
「殺したくなかった?」
「オレの意思は必要ないし」
「そっか。…イルミらしいね」
リネルは枯れた笑みを浮かべる。イルミから聞きたい言葉が何なのか、わかるようでわからなかった。
「でもいい気はしないよね。妊婦さんや赤ちゃん殺すなんて」
「無抵抗に近いし難易度で言えば極めて低レベルだよ」
「でも」
「仕事って気分でするもんじゃないし」
「でもやっぱり」
「“リネルと重なって殺す事を躊躇した”」
「……」
「そう言えば満足?」
「…わからない」
素直な感想だった。命を語れる程自分も真っ当なんかじゃない。そして一般論だけで語れる程 暗殺業は浅くはない、この一年間で学んだ事だった。
自分に言い聞かせるように 細い声を出した。
「…これで、良かったんじゃないのかな」
「任務完了後に悪かったって評価が残っても困るんだけどね。やり直しがきく仕事じゃないし」
「…子供ってさ、突き詰めると親の作った環境でしか生きられないんだよね」
少しズレた話題のせいか イルミの視線を感じる。それに気づかぬフリをしたまま、出した答えを語ってみた。