第74章 妊娠記録③羽伸ばし
少しの怯えを持ってイルミを睨んでいると、入り口の方から低い咳払いの音がした。
今のイルミに殺気や過度の不穏な雰囲気はないにしろ この状況下ではそちらにのみ意識を集中していたので、自然に混ざっていたその気配には迂闊にも全く気づかなかった。すぐに目を向ければシルバの姿が飛び込んでくる。
シルバの声は 全てを悟ってでもいるのか、どこか呆れたようにも聞こえた。
「わざわざ休暇をやったと言うのに お前達は何をやっている」
「別に。リネルが被害妄想を拗らせて勝手にヤキモチ妬いて騒いでるだけ」
「なっ、…はぁ?!」
少しも動じず じっとりリネルを見下ろしたまま言うイルミの言葉に弁明を付けたいが、下手な言い訳はむしろ逆効果な気がしないでもない。
わざとらしい程に大きな溜息をついた後、シルバはよく通る声を響かせた。
「イルミ 離してやれ」
その一言であっさり手を引くイルミをそのまま睨み付ける。さっと身体を起こすと いつの間にか近づいていたシルバから声が落ちてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「喧嘩するなとは言わんが身体の方も気遣え。今は1人だけの身ではないだろう?」
「ええ、そうですね その筈です」
敵意をむき出しにし イルミをきつく見据えているリネルの視線に重ね、シルバはイルミに目を向けた。
「おそらくはお前の方にも問題があるんだろう」
「え?なんで?」
「痴話喧嘩とはそういうものだ」
「全っっ然そんなんじゃないですから!!」
リネルは棘のある口調で言う。そんな抵抗など気にもしない様子のイルミは シルバに平然と話し掛けた。
「で、親父は何の用だって?」
「ああ そうだった。仕事の件だが、」
まるで空気同然の扱い。 何事もなかったように会話を始める二人の様子に、リネルの苛々は最高潮である。
「っおやすみなさい!!!」
シルバの手前、乱暴に挨拶を投げた後 さっさと寝室に姿を消した。