第74章 妊娠記録③羽伸ばし
時間と手間の要する仕事を終えて外に出ると既に夜になっていた。軽い伸びをした後、帰宅への路に着こうとすると図ったようなタイミングでポケットの携帯電話が震え出した。
「……」
画面に表示される人物の名前は少し意外で一瞬出るかを躊躇った。しばらく無駄にコール回数を引っ張った後、一応通話ボタンを押し 薄い携帯電話を耳に押し当てた。
「気付いてるんだろ?早く出ろよ」
リネルはゆっくり振り返る。何となく気配や予感はあったので、背後からの登場にも然程驚きはしなかった。
「ヒソカ」
「久しぶりだね リネル」
携帯電話と目の前との双方から声を響かせるのは相変わらず派手な格好をした男。ただ今日は纏うオーラが 記憶に比較すると柔らかいような気がした。
不穏な雰囲気はないとはいえ フワッと近づくヒソカを警戒しなくもない。少しの緊張感を持って観察していると ヒソカはその場にすっと腰を落とし、リネルの腹部に視線を固めてきた。
「んー この中にいるのか 王子様」
「え」
「楽しみだね」
「……なんで王子様なの?」
「何となく。ボクの希望」
「……確かにこの世界 男の子の方が生きやすいとは思うんだけどね」
ヒソカの手が伸びてくる。淡い丸みを帯びた腹を大きな手でするする撫でる仕草があまりに自然で、思わず拒否も忘れてしまう。不思議な気持ちでヒソカを見下ろしていた。
「なんか、手慣れてるねヒソカ」
「そうかい?」
「うん。隠し子でもいるの?」
「ノーコメント♡」
「否定しないんだ」
「くく、」
何やら機嫌の良さそうなヒソカはスッと立ち上がると 口元を吊り上げた。
「イルミはどうだい 最近」
「どう?どうって?別にどうってこともないんじゃないの?普段通りじゃない?」
久しぶりに現れたかと思いきやその目的がよくわからない。首を傾げていると、ヒソカは喉から低い笑い声を漏らしていた。