第74章 妊娠記録③羽伸ばし
「私ホントに この手の話は射程距離外なんですよ、勘弁して下さい…」
ミトはそれをクスクスと笑っていた。
「照れちゃって。可愛いのね リネルちゃんて」
「…照れてないです」
「嘘つき」
「嘘じゃないです!!」
女同士の少しズレた恋話、その夜は大いに盛り上がることになった。
◆◆
ゾルディック家、本邸の中にて。
「イルミ様 お疲れ様でございました」
「うん」
時刻にすれば深夜の中ほど。
いつも通りに仕事を遂行し、父にその報告を終えた。屋敷の廊下にて通りすがり様に頭を下げてくる使用人を見ないまま 口先だけで返事をし、イルミは自室へのルートを歩いていた。
「……」
ふと 後ろから感じる気配にイルミは歩みをゆるめた。その存在を隠そうともせず 向こうからわざわざ近づいて来るのは珍しく、何らかの用件がある事の予想はついた。
幼少期は去る事ながら。成長に反比例し 顔を合わせる機会はどんどん減り、ここ最近では交わす会話ややり取りは必要最低限事項または重点事項のみと化している。
今更世間話などする気もなく、すぐに姿を見せるツボネに自身の方から声を掛けた。
「なに?」
「お疲れ様でございました」
形式的に頭を下げるツボネに 本題を催促する目を向ける。ツボネはにこやかな表情のまま、姿を見せた理由を話し出した。
「お聞きになられているかはわかりませんが。本日はリネル様が休暇を利用しお出掛けになっていらっしゃいます」
「ふうん。で?」
「キルア様とご一緒に くじら島まで」
「くじら島?」
「ええ。たまにはご気分の転換も大切かと」
詳しく知るわけではないが その島の名前には覚えがある。そして記憶の限り そこに関連する人間は1人だけだった。
その行動も存在も、出会った頃から何かと目障りでありながらも イルミにはよくわからない強運や人徳で難を逃れてきた人物の顔を思い出した。
今回の件 命や安否に問題はなかろうものの、模範的とは言い難い報告をしてくるツボネに すぐに言葉を返した。