第72章 妊娠記録①一年後
「別に他人事なつもりはないけど。オレの子なんだよね?」
「当たり前でしょ」
「妊娠したからってすぐに生まれるわけじゃないし今すぐ何か準備があるわけでもないよね」
「そう、だけど…」
「ならいいんじゃないの?しばらくは今まで通りで」
「…良くないでしょ。子供が出来たんだよ?」
いつになく真剣な剣幕で問う。自分でも何が言いたいのか、どういう回答が欲しいのかはよくわからなかったが。
流星街というゴミの山の中、明日も生きているかどうかもわからない環境下で育ったリネルは 当然ながら親を知らない。ましてや自身が親になるなど覚悟もなければ想像すら出来ない、不安や戸惑いを隠せない。
しばし考えるように腕を組んでいたイルミが、リネルに答えを返してくる。
「まぁ 子供はいらないならそれも選択肢のひとつじゃない?」
「……は?」
「元々結婚前から仕事は続けるって話だったしね。降ろしたいならそうすれば?」
「……本気で言ってるの?」
「腹で育てるのも産むのもリネルだし、選択権はリネルにあると思うから。費用面の負担ならするし」
頭にカッと血が上った。咄嗟に手にしていた携帯電話をイルミに向かって思い切り投げ付けた。
追うのもやっとのスピードで直線に進む携帯は イルミの手の平に簡単にはたき落とされた。カシャンと壊れる音を立てる携帯を一瞬見てから イルミは少し瞳を細くした。
「なに怒ってるの?」
「…そんな事もわからないの?」
「うん」
話の無駄だと理解する。ほんの少しだけ 何とも言い難い淡い期待をした自分が愚かだったと悟る。リネルは沸いた頭のまま すぐにイルミの部屋を去ろうとする、怒りに声が震えそうになる。
「……もういいよ。イルミなんか仕事でもどこでもさっさと行きなよ」
「言われなくても行くけどさ」
その言い方が腹立たしい。リネルは振り返り 声を荒げた。