第72章 妊娠記録①一年後
ものの数分で部屋に戻るイルミの気配、すぐに上から声が降りてくる。
「まだいたの?」
「だから、…話があるんだってば」
「はっきりしてよ」
「………」
きっとイルミの態度は至って普段の通り、それがやたら勘に触るのは自分がキリキリしているせいだろう。半ば濡れた髪のままのイルミはリネルに質問を投げてくる。
「3択にしようか?」
「え」
「①仕事でうちに被害を被る事をやらざるを得なくなった②妊娠した③クロロの身に悪い意味での何かがあった」
「……」
「リネルが改まってオレに話があるとしたらそれくらいしか思いつかないんだけど」
正解を含む3択はリネルには少し意外であった。見直した と言い換えてもいい。ぽかんとイルミを見上げた。
「その顔なら正解があるよね。それくらいは自分で言ってよ」
「………②番、」
小声で答える。
イルミは答えを聞くと 手際良く再外出の支度をはじめる。
「事情はわかった」
「うん…」
「じゃオレ行くから」
「え、…ちょっと待って!それだけ?」
リネルはその場から立ち上がる。つい声を大きくし イルミを呼び止める。イルミは一旦足を止めた。
「だから事情はわかったってば。いずれにせよよかったんじゃない?①なら内容によっては放っておけないし、まぁ③についてはどうでもいいけど」
「…でも…」
「妊娠したって親父達に言いにくいならオレから話しておくよ」
「…それもあるけど…え、他に何かないの?」
「他に?そうだな……リネル少し顔色が悪いね」
「…なんかムカムカするしイライラするし、気持ち悪いし」
「体調悪いの?使用人呼ぶ?」
「……」
どこか欲しい答えと違う。このイルミに同じ目線になった上での優しさや親身さを求めるつもりはないが これではあまりに他人行儀だと感じる。唖然としながら言葉を探していると、あっという間に支度を終えるイルミは すぐに部屋を去ろうとする。
「ちょっと!待ってってば!」
「まだ何かあるの?」
「イルミはなんでそんなに他人事なの?」
鋭い口調でそう言えば イルミは再び足を止める。リネルにすれば 驚きも動揺もないその態度は無関心にしか見えなかった。イルミの様子は少しも乱れず 普段と変わらず話し出す。