第72章 妊娠記録①一年後
「なに?」
「…いや、おかえり、」
「ただいま」
別に日頃と変わりない日常であるのにこんなにも緊張するのは 言うべきことがあるせいだろうかと思う。ゴクリと小さく息を飲む。
「あのさ、イルミ」
「うん」
「あの…」
「なに?」
「ええと……」
つい黙ってしまう。
イルミはお世辞にも話しやすい雰囲気を作るのがうまいとは言えない、心で人のせいにしてみる。すぐにイルミの絡むような目線が飛んでくる。
「話があるの?なに?」
「だから、…ですね…」
「オレはまた出掛けなきゃならないんだけど」
「えっ そうなの…?」
時間ないから、そう言いながらイルミはバスルームにさくさく足を進めてしまう。
消える背中を見ながら深い溜息をつく。
たった一言“妊娠したかもしれない”と告げればいいだけ、それがうまく言えないのは イルミの反応が気になるせいもある。自分自身 不安ばかりで心から喜ぶ事が出来ないのに 追い打ちをかけるような冷たい反応をされたら さすがに気持ちのやり場がわからなくなる。
暗い方向にばかり向かう考えが体調不良を助長する。イルミの部屋の壁に背中を預け そのままズルズルしゃがみ込む。手にしていた携帯電話で「妊娠 報告」と世間一般のやり方を無駄に検索してみる。
「……」
当然、当たり前にストレートな言葉しか出てこない。リネルは膝を抱えて小さくなっていた。