第8章 手合せ
傷の手当てが終わると、リネルは軽く身支度を整え直す。それを見ながら使用人が笑顔で言った。
「では、次へ参りましょうか」
「次って…?」
「キキョウ奥様とのティータイムでございます」
随分と優雅な響きだ。先程までの緊張感からは連想出来ない言葉にリネルは瞳を丸くする、そして視線をイルミに移した。
「ティータイムって……途中で攻撃してきたりしない?」
「母さんはそんな事しないよ。…あ、そうだった ひとつ言い忘れてた」
イルミは片手をさらりと差し出し、さも当たり前のように語り出した。
「ウチで出る食べ物は何でも多少なりの毒が入ってる。訓練のひとつで耐性をつけるためにね」
「…毒って…」
「ま、リネルくらい体力あれば死んだりはしないと思う。ちなみにだけど服毒経験とかある?」
「…あるわけないでしょ…」
やはりここはゾルディック家、一筋縄では進まないらしい。次なる洗礼を前に リネルは再び身体を緊張させざるをえなかった。
次の部屋へ進むべく、使用人の背中に続く。広い廊下の途中 イルミが急に背を曲げてリネルに顔を寄せてくる。黒い瞳に横顔をとらえられた。
「リネル」
「…っなに」
何もここまでの至近距離でイルミを見るのが初めてではないのだが。イルミの行動は突拍子もなくてTPOを考えろ、と文句を言いたくなる。
イルミの囁きは2人だけにしか聞こえない程、微かな声だった。
「オレたち一般的な形で付き合ってるってことになってるから、何か訊かれても話合わせておいてね」
「………」
「よろしく」
「……ん」
イルミの言葉は事前の注意喚起だ。
有り難いはずなのだがそこからは不安しか生まれなかった。