第70章 ゲシュタルト崩壊/イルミ流血あり
イルミの元まで舞い戻り救護箱を雑に置く。傷口の深さを確認しようと腹を押さえるイルミの手首を掴んだ。
「……っ」
暖かく、柔らかかった。少し触れただけで血液がぬるりと指に絡み付いてくる。臓器がどくんと脈打つのに合わせ、傷口からは今だにだらだら鮮血が溢れている。
「ひどい……これ……」
「ヤバい」
「え?!」
「意識飛びそう」
「ちょっと!しっかりして!」
出血量が、多過ぎる。
イルミはくたりと頭を垂れ長髪に表情を隠してしまう。呼吸が浅く早い。覗く首筋には明らかな冷や汗が浮かんでいる。手首は異様に冷たくて血液だけが暖かかった。
考えている時間はないのにうまく動けなくなってしまった。じくじくと、出血だけが増えていく。
「使用人呼んで」
「でも…」
「いいから。早く」
イルミの声があまりにも消え入りそうで動揺を隠せぬまま必死にその場を走った。
きっと、イルミにとっては日頃より遣わせている使用人の方が信頼に足るのだろう。廊下で声を張ってみれば対処は早く、すぐに3名の使用人が現れた。掻い摘み状況を話せば、早速その場で応急処置が始まる。
こういう事にも慣れているのか、それとも対処法をきちんと心得ているだけなのか。使用人達の手つきと連携はとても鮮やかだった。
「…………………」
そこに只ならぬ違和感を感じてしまう。
一歩間違えばイルミは死ぬかもしれないのに。あまりにも事務的に救護に当たる彼等の様子が少しだけ怖くなる。
それでもリネルは何も出来ぬまま、ただ見ているだけだった。