第8章 手合せ
「はぁ、…はぁっ、はぁっ……」
静寂な部屋にはリネルの乱れた息遣いだけがしている。
時間にしたらほんの数分しか経っていない、リネルの目の前のシルバは当初と変わらず呼吸ひとつ乱していなかった。
大きな打撃は避けてきたはずなのに、リネルの防御はまだまだ甘い。触れずとも伝わる衝撃はリネルの身体に複数のアザや傷を作っていた。
攻撃の糸口があれば、少しくらいは反撃チャンスもあろうかと想像したがそれをシルバが許すわけもなかった。
リネルはこめかみから流れる血を手の甲で拭い、目の前の人物を睨むように見た。
「大体わかった。次で最後にしよう……本気で行くぞ」
「…っわかりました」
本気で来られてはいよいよ身の破滅とは思いつつ、このレベルの実力者の力とはどれほどものなのか怖い物見たさを感じる自分もいた。
ゾクリと首筋が冷たくなる。
リネルは腰を落とし静かに構えの姿勢をとる。シルバの視線が一瞬だけ横に逸れた。
「……………………………っ」
本気と言っただけあり、シルバの動きは先程までとは比べものにならぬほど早かった。
目にオーラを集中させたおかげで 最初の一撃は間一髪でかわすことに成功する。
しかし、次でお終い。経験がそう告げ、リネルは咄嗟に目を瞑った。
「いいだろう」
攻撃に身体を備えていたが何も起こらなかった。シルバの声だけが聞こえた。
恐る恐る目を開ける。そこにはシルバとリネルの間に止めに入るような格好で立つイルミの後ろ姿があった。
「戦闘時はいかなる時も目は閉じるな。転機はどこに潜んでいるかわからない。いいな?」
「……はい」
ぽかんとそう言うリネルを無視したまま、イルミは呆れた声を出す。
「……親父 もしかしてオレを試したの?」
「あまりにも傍観してくれるんでな」
「わざと殺気出すなんて、タチ悪いよね」
リネルは膝を真っ直ぐ起こした。
気を抜けば先程までの緊張感でガクガク震えてしまいそうだった。
傷だらけになったリネルを見据え、シルバははっきり声を響かせた。
「イルミをよろしく頼む」
「…はい。ありがとうございました」
リネルは中々ない貴重な経験に対し、無意識に頭を下げていた。