第1章 プロローグ
「……出ていいよ?私黙ってるし家にいるとか言ったらいいんじゃない?」
「それはすぐバレる。まあいいよ、明日にでもフォローする」
振動音は一向に切れる気配がない。イルミはついに携帯の電源を落としてしまう。
「あーあ……いいの?」
「うん。こうでもしないと朝まで鳴らし続けそうだし」
「でも怒られそう。彼女の電話無視して他の女と一緒にいるなんて」
「リネルなんか勘違いしてない?」
「え?」
「電話は母親から」
リネルは一度だけまばたきをする。母親からのおやすみなさいコールをもらうイルミを見るのは、今夜が初めてだった。
「見合い見合いって、勝手にセッティングしてくるの」
「へぇー さすがゾルディック。今時にお見合い結婚なんて本当にあるんだね」
「出がけに明日の昼が何とかって騒いでたし、その件かも」
「ふーん 大変だねー……」
大きな欠伸が出てしまう、リネルは暗い天井を見つめながら 涙がじわりとにじむのを感じる。
イルミがのそりと身を伸ばす。携帯電話をサイドテーブルに静かに置き、リネルの隣に寝転がってくる。リネルは少しだけ、身体を横にずらしてやる。一応は大の男、広いベッドの上でもそれなりの圧迫感はあるが ぬくもりみたいなものがないのは相変わらずだった。
「イルミって今いくつなんだっけ?」
「24」
「それって結婚にはちょっと早くない?世間的には」
「そうなの?わからない」
自分の人生を決める事柄であるのにイルミは少しも興味がなさそうだ。それでも構わず、もう少し話を掘り下げてみる。
「実は女のコの好みにうるさいの?良妻賢母へのテストがあったりして……」
「まさか。でもオレよりも両親が気に入らないとね そこは大前提かな」
「なるほど……」
「静かで美人で気が利いて、頭も良くて強くて頑丈、親も気に入ってくれたら申し分ないんだけど」
「あははっ いないね~そんな人……いたら私が結婚したいくらい……」
睡魔が襲いリネルは再び目を閉じる。くるりと身体を返し こちらをまじまじと観察してくるイルミの視線を無視したまま、リネルは小声で話しかけた。