第1章 プロローグ
ホテルのレストランで一人きりの夕食を終え、久しぶりに大きな浴槽に身を沈めての入浴を済ませる。半乾きの髪を放置したままリネルはノート式のパソコンを立ち上げた。ハンター協会がシステム化した試験特設サイトにログインし、明日の段取りを再確認していると部屋にひとつの気配が現れる。
足音を一切立てない様は相変わらずだった。その人物はリネルの前にひょっこり顔を出す。リネルはパソコン画面からイルミに視線を向けた。
「早かったね。おつかれー」
「割と早く片付いた。リネルが時間作ってくれて助かったよ」
「たまたま空いただけ。明日もこの辺で仕事なんだ?」
「まあね」
最後の一言を放ちながら イルミはバスルームへ真っ直ぐ足を進めていた。
イルミと会うのはすでに何度目かだ。彼について詳しいことは知らないが 何よりも仕事の腕がいい、邪魔人間は金次第で全てキレイに片付けてくれる。リネルにとっては最高の下請け業者という訳だ。
「……お終い!」
明日の確認作業を終え、リネルはベッドに身を投げる。疲労にまみれた身体はすぐにだらりと重くなってくる、あっという間に目を閉じてしまった。
◆
少々眠っただろうか、リネルは細く目を開ける。原因は携帯電話が震えるバイブレーション音だ。自分のものとは違うリズムを確認し、不快そうに眉間を詰めた。
薄暗い部屋の中、ベッドの縁に腰を掛け女々しくも光るスマートフォンを見落とすだけのイルミの横顔があった。小さな溜息すら零しているように見える。
「…………出ないの?」
「うん。面倒だし」
「…………女性絡み?」
「かもね」
イルミの事だ。仕事絡みの電話であれば有無を言わさず出るであろう。こんなに遅い時間、容赦無く電話をかけてくる相手と言えば相当親しい間柄の人間だと言うのは明白だった。