第60章 傷心
「……自分とは違う価値観を持つ人間だってことを、根本的に理解出来てなかったってことかな……」
「“自分こそ正義” と言うだけの話さ」
ヒソカの口から“正義”なる言葉が出ることには違和感はあったが。言わんとすることは本当に的を得ている。
己のアイデンティティを確立しすぎる風変りな男に対して、初めて称賛の思いを持った。
「ヒソカって、意外にも悟りの境地にいるね……」
「お褒めに預かり光栄だ」
「もう少し性格も丸くて慈愛の心があれば、住職にでもなればいいのに」
「ジューショク?」
「ジャポンにいる神に仕える気高い思想の人」
「冗談だろう」
もちろん冗談だったが。クスリと自分でも笑えたことで何かがふっきれた気もした。
「……リネルには、」
名を呼ばれ、ふとヒソカに目を向けた。
ヒソカは鋭い瞳をいつになく光らせている。
「ボクこそが一番の相性だろうに」
「え?なんで、何それ」
「落ち込むリネルを慰めてやれるのは、ボクだけだろう」
「…………」
飽きれ返る言葉を投下してくるヒソカに対して、奇しくも頷けるものがない訳でもなかったが。認めたくはないが、この男にリスクを覚えつつも何故か惹かれるものがあるのは、今に始まったことではない。
リネルはしばし、言い黙った。
「あ、わかった!」
急に頭によぎった言葉、それを口にした。
「“ハンターたる者” ってやつかもしれない。謎に時々ヒソカにほだされそうになるの」
ヒソカの雰囲気を一瞬だけ、怪しげに感じたが。
まばたきも挟まずに、ヒソカの両目を見返した。
「キミの天職に叶っているとは、最高の褒め言葉だ」
「……。褒めているかは、わからないけど」
ヒソカはゆっくりその場を立ち上がった。
低く通る声で言う。
「仲直り、ガンバってね」
「……うん。……」
「また落ち込んだ時は、こっそり会いにおいで」
「また がないように、頑張る……」
「クク、じゃあね。リネル」
去り際は華麗そのものだった。
いつものように苛立ちを覚える嫌がらせの一つでもくれるのならば遠慮なく悪態をつけるものを。ここがヒソカの狡く小賢しい所だ。
一瞬のうちに一人残された夜のベンチで、リネルは大きな息をついた。