第5章 後押し
クロロは数歩、リネルに近づいた。
「リネル、これだけは覚えておけよ」
見上げれば目の前に立つクロロははっきりそう言い、微かに腰を折ってくる。
額にやや顔が近づき、リネルは一歩身構えた。黒い前髪から覗くクロロの瞳は不敵めいて見え、その奥に隠れる本心がわからない様は相変わらずだった。
その時のクロロの声は普段よりも幾分低かったと思う。
「オレとしては仲間のお前があっさりイルミに捕まったかと思うと正直面白くはないんだ」
「な、何それ…っあっさりじゃないし、別に捕まったつもりも…っ」
「ま、昔のよしみだ。ケンカしたら愚痴くらいは聞いてやる」
「…………っ」
そのまま踵を返し、クロロはその場を去ってしまった。
リネルはクロロの後ろ姿を見ながら、昔の事を思い出していた。
かつてはクロロに対して兄のような憧れのような、なんとも言い難い感情を持っていた時期もあり 意味深な台詞を言われるとどう反応したらよいのかがわからなくなってしまう。
「はぁ……」
どっちにせよクロロの心情を読み取って理解しようなんてリネルには難易度が高すぎることは重々知っている。
リネルは気持ちをリセットすべく、大きく伸びをする。深呼吸をしてから自身に言い聞かせるように声を出した。
「とりあえず明日の事考えなくちゃ。………あ、あとそうだ、仕事メール一件残ってるんだった。」