第55章 距離
弾んでいるとは言い難い会話の途中に、リネルは先程思い出していた事を頭に浮かべていた。
「今日ね」
「うん」
「イルミと会った日の事思い出してた」
「は?」
「偶然みたいな出逢い方で、仕事上でしか付き合ってなかったのに 今では結婚してると思うと…人生何があるかわかんないよね」
「なに今更」
リネルは心に浮かぶことを次々と言葉にして言った。
「イルミは、前と全然変わらないよね」
「どういうこと?」
「淡々と仕事するし 何考えてるのかわからないような顔しておいて変に頭の回転が速い時あるし。隙があるようでないっていうかいつも物事はっきりしてる」
「何が言いたいの」
「私の知ってるイルミってそんな感じなんだけど」
リネルは左手を大きく広げ、薬指の指輪を見つめた。
「結婚してからの事も思い出した。今までは知らなかった事もいっぱい知ったなって」
「リネル」
「意外とキザな事もするんだなとか。それなりに字がキレイとか。…すごく家族思いな事とか、旅行では最後は私に付き合ってくれたし 意外と優しい所もあるなとか…」
「あのさ」
「いつも冷たいし 突き放すようなことばっかり言うけど、……実は心配性なとことか」
「そんな事ばっかり考えてないで仕事に集中したら?」
「……ムードは全然ない所とか」
「悪かったね」
電話の先で小さく息を吐いた後、イルミが言った。
「いつ帰るの?」
「…仕事終わったら」
「いつ終わるの?」
「わかんない…イルミは?」
「仕事終わったら帰る」
「いつ?」
「わからない」
「そっか」
これ以上、会話は先に進みそうもない。無言を破りリネルは言った。
「イルミ」
「なに」
「……じゃ、あの…切るよ?」
「うん。」
「…仕事、気をつけてね」
「リネルもね」
リネルは通話のOFFを押した。
用件があるわけでもないその会話だった。思えば意味のない電話をしたことは初めてに近いのだから仕方ないのかもしれない。リネルは携帯電話をぎゅっと握り締めた。