第54章 追憶
そして指示された仕事の日。
深夜と言える時間帯にリネルは指定された場所へ向かっていた。
細い月が上がり風もないとても静かな夜だった。
郊外の錆びれた街の一角に今回のターゲットの潜むという建物がある。
人の気配が殆どない 薄気味悪い街の雰囲気に警戒心を払いながら、リネルは先を急いでいた。
“誰かいる…”
予定通りの時刻に目的の建物に近づくと、浮かび上がる人の影にリネルは足を緩めた。
完璧とも言える絶の様子から察するにそれなりの能力者である事はわかる。
特別怪しい雰囲気もなく、リネルはゆっくり近付きながら その人物を見つめた。
年齢で言えば自分とさほど変わらない、漆黒の髪をした青年。
壁にもたれるように 長身痩躯を預け 腕を組み、目線を地面に落としていた。闇を象徴する程に黒く大きな瞳が印象的であった。
資料に掲載されていた今回のターゲットとも一致しないその容貌に 疑問を持っていると、その人物はふと顔を上げ リネルに話しかけてきた。
「オレの依頼人?」
「えっ…、」
リネルの前に音もなく歩み寄ると、じっとリネルを見下ろしてくる。
若く見える外見に不似合いな程に 落ち着いた雰囲気と、少しも崩れる事のない表情を観察するように リネルもその人物を見返した。
「こんなに若いコが来るとは思ってなかったな」
「…何のことですか?」
「暗殺依頼うちに出したんでしょ?今日ここで殺して欲しい人間がいるって」
「え」
どこか噛み合っていない話にリネルは言葉を返した。
「……人違いじゃないですか?」
「こんな時間にこんな場所に来る人間他にいないし。ハンター協会の人?」
「そうですけど」
「やっぱり。名前は?」
そう聞きながら 首を傾げる仕草はそれなりに年相応に見え、リネルはその質問に答えた。