第50章 帰路
その後、2人がククルーマウンテンの屋敷に帰ったのは深夜と言える時刻であった。
「じゃあ おやすみ。キルア、今日は本当にありがとう」
「ああ。しっかり休めよ」
キルアと別れた後、リネルは静かで薄暗い廊下を重い足取りで自室に向かって歩いていった。心も身体も、今日は正直ギスギスに疲れてしまっている。
それなのに嫌な予感は拭えないままだった。部屋に近づくにつれ、その予感は確信に変わってゆく。
「…………」
廊下が暗いせい とは違う、重々居心地の悪い空気を放つのは 明らかにその雰囲気を隠そうともせず こちらを意識した上での、イルミの仕業だ。
生唾が出る、それを何とか飲み込んだ。
別に殺気や得体のしれない物と対峙している訳でもないのに、これ以上前へ進めなくなる。思わず足が止まってしまう。
まばたきも忘れ、隣室のドアに視線を固定させていると そこからイルミが些細な音もたてぬまま姿を現した。
「どこに行ってた?」
「……家出、してた……」
「やっぱりね。で、どこに行ってた?」
穴が開くほど見据えてくるイルミの視線が痛い。そこから目をそらしたいとは思うものの、今朝の一件がある。微塵でも注意を反らせたら、この人間から逃れる可能性すら失うこととなる。
リネルは警戒心に身体を緊張させ、注意深くイルミの様子を観察していた。
「……家出なんだから……行き先は教えない」
「今朝、話の途中で仕事を理由に一方的に中断、後で話そうと自ら言っておきながら勝手に家出、その上に行き先は教えない。と?」
「……………………」
「滅茶苦茶だよね」
「…………ごめん」
何に対しての謝罪なのか自分でもわからぬままだが、そう言うしかなかった。弱々しい声を出すリネルに向かい、イルミは自室のドアを開けながら言う。
「おいで。」
「…………」
「オレの部屋」
イルミは返事も聞かぬまま、自室に姿を消した。
リネルは浅い呼吸を繰り返す、警戒心を剥き出しにした面持ちのまま イルミに部屋に足を踏み入れるしかなかった。