第5章 後押し
『お前に貸していた本はない認識だ』
クロロらしいシンプルで的確な返信をみれば、余計に懐かしさが募ってくる。
クロロのことだ、わかっていてそう指摘してきているのは感覚で読み取れた。クロロとは今更確信を得ない言葉のやり取りを楽しむ関係でもない。リネルもすぐに返事を返した。
『たまにはクロロと話したい。』
返信が何であれこの流れでいけばきっと、近々直接クロロに会う機会があるだろう。直感でそう感じた。
◆
その機会は意外にも早く、数日後の夕刻前に時間を合わせる事に成功した。
予定を何とか調整し、リネルはクロロが指定する喫茶店へ向かった。店の奥の方に見える懐かしい後ろ姿にリネルは顔を緩ませる。そしてクロロの向かいの席についた。
「クロロ 久しぶり」
「ああ、元気そうだな」
額の十字を隠した姿はクロロが人前でよく見せる恰好だ。
団員を束ねる時と違い、少しだけ雰囲気が柔らかくなるこの時のクロロは表情も朗らかだった。リネルはクロロと同じくコーヒーを注文する。店員が去るとクロロが早速話しかけてくる。
「リネル しばらくぶりだな」
「そうだね、半年ぶりくらいだっけ?最近はどう?蜘蛛」
「まぁそこそこだな」
「そっか。私もまぁ…そこそこやってる」
クロロとは出身は同じでありつつも別々の道を歩んでいるが、時々は近況報告や仕事の絡む話をすることもある。
今日の時間もさほど珍しいとのいう訳ではない。互いが一通りの近々の話をすることになる。
会話の切れ目に、クロロがリネルに言った。
「で、何があった?」
「…ん?」
「今日はお願いか相談、どちらかだろう?」
「…さすがクロロ、よくわかってるね…」
肩をすくめ頭を低くし、リネルは目を伏せて言う。
クロロはカップを置くと軽く頬杖をつく。リネルへまっすぐ目を向けた。
「で?」
「…あの…クロロは、結婚願望ある?」
リネルの言葉にクロロはぽかりと口を開けた。クロロのこんな表情は珍しかった。
「寿退社でも狙っているのか?生憎だがオレは嫁を取る気はないぞ」
「違う!色々違う!そうじゃなくて…」
「じゃあなんだ」
「えっと、私…何故か結婚することになっちゃったみたいで…」
曖昧すぎるリネルの報告を受け、クロロが言葉を返した。