第44章 喧嘩
追えぬ速さで間合いを詰められ逃げようとするも、後ろから背中に衝撃が走る。首の後ろを上から押さえつけられ、頬が冷たい床に触れた。イルミの手首から落ちる血が、這うように首から顔に伝ってくる。頭上に迫るのは先程のじりじり焼けるみたいな針だった。
「オレに傷をつけたくらいでリネルに勝ち目なんてないよ」
「……っ」
「1%もね」
もう逃げる事すら出来ないのか、こんな形で人生を諦めたくなんてないのに。リネルはかたく目を閉じた。
ドアが開く音と同時に、鋭く光る銀色の閃光が見えた。首にはビリビリ痺れが走る。この特殊な念には覚えがある。
「………………………キルアっ」
「…………電気は目眩し、ってワケね」
一瞬緩んだ手の隙をつき、リネルはイルミから離れるとキルアの方に駆け寄った。イルミの手首の傷には小ぶりなペンがずぶりと刺さっていた。
「リネル大丈夫か?!変な雰囲気感じたけど来て正解だったな」
キルアの横顔にありありと怒りが浮かぶ。背にリネルを庇うように立つと、イルミに向かい荒い声を出す。
「女相手に何マジになってんだよ!」
「キルには関係ない。リネル、まだ話の途中だよ」
血塗れのペンを抜き手首に圧迫を加えながら、イルミは臆せずこちらに向かってくる。
何とか、何とかこの場をおさめなければ。そう頭を回転させ、リネルは部屋の時計を見た。
「……仕事行かなきゃ」
「は?仕事?」
肩越しに振り返るキルアと目線を合わせてから リネルはイルミに縋る目を向ける。
「とりあえずもう仕事行かなきゃ遅刻しちゃう……イルミ、お願い……また今度ちゃんと話そうよ。一旦お互い……冷静になろ……」
「オレは冷静だよ。初めから大声で喚いてるのリネルだけ」
「お願い……とりあえずこれから仕事だし、仕方ないでしょ……」
イルミは歩みを止める。リネルを見据えて言った。
「いいよわかった、納得いくまで話そうか。昨日の清算も今後の事もクロロの事も全部ね」
「……………」
それには答えず、リネルはイルミを見ないまま部屋の入り口に足を進めた。
「………!」
入り口横の棚の上にある物がふと目にとまる。それを素早くポケットに入れ、自室を後にした。