第42章 電話
想像を遥かに超える入り口の門を突破し、迷子になりそうな森を抜けるとようやく屋敷が見えてくる。何もかもが規格外であるしいちいち突っ込みを入れる事にも追い付かず、自身の部屋に着く頃にはリネルはすっかり静かになっていた。イルミはリネルの部屋のドアを指さしながら言った。
「そっちがリネルの部屋。誰か使用人呼ぶから部屋で待ってて」
「はい……」
「おやすみ」
イルミはすぐに足を動かす、リネルは一歩追いかけた。
「イルミさんはどちらへ?」
「部屋は別だから。オレはこっち」
「あ、そうなんですね……」
「一緒に寝たいの?」
「え!?」
「別の方がいいでしょ」
「はい、そうです、ね……」
「オレは隣にいる。時間になったら出かけるけど」
イルミは隣の部屋に姿を消した。
その後、すぐにやってくる使用人がテキパキと傷の手当てをしてくれる。ようやく一人きりになれた所でリネルは大きく深呼吸をし、現在の自室らしい部屋を見渡した。
比較的すっきりしていて物が少ない、機能的といえばそうでもあるのだが。何か記憶を辿るきっかけになるかもしれないと思い、ゆっくり視線を回し部屋を観察した。
「……うわ、ホントだったんだ」
ついそんな独り言が出た。壁に貼られているのは「婚姻届」というやつだ。きちんと直筆での記名がなされているし、出生に纏わる部分のみが全て白紙である点が説得力を持たせてくれる。本来は役所に提出すべき書類であるはずが部屋に飾ってあるとはおそらく、リネルの出身の影響で提出不可となったのだろう。数秒間、それを怪訝そうに見つめてしまう。
「……あ、可愛い!」
戸棚の上に飾られているクマの人形が目に止まった。シンプルなこの部屋には明らかに不似合いだ。思わずそこに足を運び、両手で人形に触れてみる。煌びやかな宝石が数点あしらわれている二対のクマはプレゼントか何かなのか、意味深に見えて仕方なかった。
部屋の中心に目を戻す。そこにあるテーブルには10冊程の本が無造作に積まれていた。一番上にあったものを手に取りぱらぱらめくる、二冊目、三冊目までも同様に見てみるがその全てが暗殺についてを小難しく書かれている本だった。
「……今の私は、イルミさんのことが好きなのかな……」