第41章 帰宅
「どっちが先に好きになったんですか?」
「え?」
「その、結婚にあたって……私ですか?それとも、……」
イルミは横目をリネルに向けた。顔つきは相変わらず緊張感を露わにしているが瞳には興味の色が宿る。質問の方向性は謎ではあるが、ありのままを口にする。
「結婚の理由は、利害が一致したからっていうのが大きな理由」
「利害……?」
「うん」
「じゃ、じゃあ……普段デートしたり結婚式とか新婚旅行とはそういうのは……?」
「旅行と式は一応したよ。かなり強制的な形だったけど」
「強制的って……。じゃあデートとかは?思い出の場所とか……」
「デート、か…………」
イルミはその後黙り込み一切の返答が出てこなかった。
食い入るように横顔を伺っていても思い出を整理しているようには到底見えなかった。冷めた回答ばかりするのだからきっと、該当する記憶がないと判断する方が正しいだろう。未来への希望がどんどん打ち砕かれる気がしてならなかった。リネルは沈んだ声で訊く。
「イルミさんは、……私のことが好きではないんですね……」
ここでようやく、イルミがこちらに顔を向けてくる。はっきり視線が噛み合った。暗い車中では、外を照らすライトに映し出される白い顔がはっきり影を深めている。
「好きとか嫌いとか、リネルとはそういう話を殆どしたことがない」
「そう、ですか」
「ちょっとおいで」
「え……っ」
急に腕を引かれる、傾く身体がイルミの胸元に触れた。
思わず身体を立て直そうとするがそれは叶わなかった。イルミは片手の重心を後部座席のシートに預け、思い切りこちらに身を寄せてくる。これでは抱きしめられるくらいの距離感だ。顔を上げる勇気もなく、リネルは下を向いていた。
「イ、イルミさん……?」
「懐かしいねその呼び方。初めて会った時 リネルはオレをそう呼んでた」
「そ、うですか……」
「こっち見て」
「…………」
言われた所で素直に従うのも難しかった。戸惑ったままでいるとイルミの手のひらがするりと首の後ろの伸びてくる。促すように、こちらの視線を上へ持っていかれてしまう。
そこに顔を近づけられた。初めて感じる香りがふわりと鼻孔に触れてくる。