第39章 喪失
焦った顔で目線を泳がせるリネル。ヒソカはそれを見て小さく息をつく、降参と言うようにひらりと両手を広げて見せた。
「冗談。怒るなよイルミ」
「怒ってないよ。お前を消したいだけ」
「いいから聞けよ。彼女ねぇ、どうも記憶喪失になっちゃったみたいで」
「記憶喪失?」
「ボク達のコトわからないみたいなんだ」
リネルはひとり、罰が悪そうな顔をして下を向いた。
◆
ヒソカにより、一度会話が仕切り直される。
「リネル ゴメンね。ボク達が恋人同士っていうの、本当はウソなんだ」
「えっ ウソ?!す、すみませんでした…馴れ馴れしくして…」
リネルはヒソカに向かってぺこりと頭を下げた。
このヒソカが信じられる人物なのかはともかく、この場においての安心感は格段にヒソカの方ではある。
不安そうにヒソカの顔を伺っていると、にこやかに話しかけられる。
「代わりにイイ人を紹介しよう」
「い、いい人?ど、どこに……?」
「ここに。この人はイルミ」
「あ、え?……あ、はい……イルミさん、ですか……」
「ちなみにキミの旦那様」
「ええええぇっ?!…だ、だんなさま…って…?!」
ヒソカは 後ろに隠れるリネルの腕を取ると、容赦なくイルミの前まで引っ張り出してしまう。
当のイルミは 先程の険悪感が済むといつの間にか、他人行儀なまでにしらりと涼しい表情だった。リネルは怯えた様子で聞いた。
「それ、…本当なんですか…?」
「うん。一応ね」
「ね、念の為に聞きますけど、…旦那様って…どういう旦那様なんですか…」
「どういうって?」
「お屋敷の御曹司とか、念の師匠な意味合いとか雇用主の立場でとか、もしくは……」
「婚姻関係を結ぶ配偶者的立場での旦那様」
「…………ッ…………」
「残念だったね」
「あはは、別に、残念なんて、思ってませんよ………こ、光栄だな〜、素敵な、だ、旦那様がいて……」
こちらも無理しているのだから何らか反応を返して欲しいのに、見下ろしてくるイルミの視線は至極冷たいだけだった。もちろん、リネルの顔は少しも笑えておらず思い切り引きつっている。
ヒソカだけはその様子を鼻で笑っていた。