第39章 喪失
少しづつだが頭と視界がはっきりしてくる。見知らぬ男に後ろ抱き状態にされてる事が今更気まずくなり、素早くヒソカから身体を離した。
「……えっと」
「ボクの事がわからない?」
「……わかりません」
「頭打ったみたいだし記憶飛んじゃったのかな。参ったな」
「……すみません。覚えてなくて」
あからさまに肩をさげ、しゅんと沈む顔をするリネル、ヒソカはその様子を不思議そうに見下ろした。
「まるで別人みたいだね」
「え?」
「さっきまでの刺激的なキミもイイけど、今のリネルも新鮮だ」
「…はぁ…」
ヒソカはほんのり腰を折る。リネルの顔を覗き込むと、愛想の良い笑顔を見せてくれる。
「自己紹介をしておこう。ボクはヒソカ、よろしくね」
「あ、はい。ええと リネルです。よろしくお願いします」
「ウンよく知ってるよ。なんせボク達は恋人同士だから」
「ええええぇ?!」
リネルは目を大きくして派手に驚いて見せた。恋人だなんて存在が、まさか自分に存在しようとは。
話し方に少々癖はあるがよくよく見ればこの男、えらく整った美形であるし高身長で体つきも逞しい。こんな男性がこれといった特技もないリネル自身の恋人だなんて恐れ多いし気後れしてしまう。先程の密着状態での後ろ抱きを思い出すと急に恥ずかしくなり、リネルはふいと顔をそらせた。
「そ、そうだったんですね……ごめんなさい、あの……覚えてなくて」
「いいって。…………おや」
ヒソカはふと目線を揺らす、そして眉を落として見せた。
「……鬼ごっこでもしようと思ったのに。鬼サンは余裕がないようだ」
「え?」
「立てるかい?」
「あ、はい」
紳士的に差し出された手を少し躊躇してから握ると、静かに身体を起こされた。動くたびに要所が痛み傷だらけではあるが、動けない程ではない。大きめの傷には止血処置も施されていた。
「鬼ごっこって?どっちかが鬼なの?」
「鬼サンあちら」
「?」
「手のなるほうへ」
歌うように話しながら、ヒソカの長い指は部屋の扉の方へ向く。リネルはそこへ自身の視線を平行させた。
扉は無遠慮に開けられる、そこには別の男が姿を現した。