第37章 ダンス
頬を辿る手のひらの感触が優しくて、身を委ねてしまいたくすらなる。応えるように少しだけ、すりと顔を寄せてみた。
その手の温度がひどく心地よかった。
今は不思議と先ほどのような下手な緊張感はない。あるのは、やるせなく焦がれるような もどかしい思いだけだった。
クロロの親指がリネルの唇に触れる。
指の腹は確かめるように、静かにそこを圧迫してくる。
「……付くよ。グロスが」
「構わない」
「何を、考えてるの?」
「お前と同じだ。抵抗するなら今だぞ」
「………………出来そうも、ないんですが……」
「ああ。知っている、……愚問だったな」
抵抗が、出来ないのか。する気がないのか。
したくないのか。そもそも抵抗という概念すら今は持ち合わせていないのか。自分でもわからなかった。
唇が触れるまでは一瞬だった。
何故なのかあまりにも自然で、こうなる事が必然だったかのような錯覚を起こしそうになる。
なんてことはない、触れているだけのただのキスなのに目元が熱くなるみたいだ。快楽や欲望に任せた行為とは違う、心が求める行いにはこれだけの感動があると この時初めて知った気がした。
撫でるように触れたり、啄んでみたり、それはまるで恋人同士の行いと何ら変わりがないくらいに優しいものだった。
「……昔のリネルに戻してやりたくなる」
合間にそんな台詞を囁かれた。それがひどく意味深だったので反論したくて濡れた口を開いた。すぐにそこは塞がれてしまうし、溶かされるような甘い刺激を舌先に何度も植え付けられた。
口内を撫でる舌はこちらを咎めるみたいに、ゆるゆると深くなってくる。
昔に戻すも何も、リネルは以前と何ら変わっていない。気付かないフリをして素知らぬ顔をして、やり過ごしてきたのはむしろクロロの方だろう。
少しでも気を抜けば、当時の思いを告げてしまいそうで 必死にクロロに応えていた。
急に震えるのは携帯電話のバイブレーションだった。はっと我に返る。
クロロは素早くリネルを引き離した。電話主は誰なのか、きっと暗黙の了解でお互いにわかっている。
「邪魔が入ったな」
「…ん…ごめん…」
本来、ホール内での見張りを言い渡されている以上 出ない訳にはいかないのである。リネルは急ぎ足でその場を少し離れ、電話に応じた。