第37章 ダンス
会話が終わると無言の空間が訪れる。
図ったかのように曲のトーンが落ちるのがはっきりと耳に聴こえてきた。
ちらりとだけ、クロロに向けた。
薄暗い照明の中では目鼻立ちが深い陰影を作り、顔つきが綺麗に強調されて見える。今日は華やかな場への目くらましのためか、香水なのか何なのか、いつもとは知らない良い匂いがする。
「……」
ダークカラーのシャツも初めてみる姿だ。すっきり尖る輪郭から首筋、喉仏に至るまで、まるで別人のように感じられる。
何というか今のクロロはリネルには非常に目に毒だった。
「話題を変えるか」
「え?」
急にそう振られ、ついまばたきをした。
クロロの声のトーンが少しだけ変わる気がした。
「殺し屋の嫁らしく、いよいよ暗殺もやるようになったのか?」
「やらないよ。好きでもないし得意でもないし」
「アイツの仕事はいつから手伝ってる?」
「今日が初めてだけど……?」
変わっているのかいないのか、話題は曖昧だ。
リネルが少し首を傾げると、クロロはそこに俄かに顔を寄せてくる。
これでは頬が触れ合いそうな位置だ。ふわりとした先ほどの香りがより濃く伝わり噛み殺すように下唇を噛んだ。
「この前の電話の時は元気がなさそうだったが、今日はそうでもなく安心した」
「あ、ああ…この前はちょっと苛々してたっていうか…」
「苛々か。確かに、……な」
「……?」
ふと、手のひらが頬に添えられた。
二本指はするりとだけ耳を撫でてくる。
「ク、クロロ」
「確かに、腹は立つな」
クロロの言葉はまるで独り言みたいに、低く囁かれる。そこに意識が集中した。
「正直今日は、驚いたぞ」
「…………」
「綺麗になったな。リネル」
「…え…っ」
「何より、アイツの依頼をあっさり受けて現れる所が気に食わない」
「…な、何が言いたいの?」
「オレだって嫉妬しているのをわかってるのかって事だ」
「っ」
もしも、共有出来ている感情が同じなのだとしたら。
クロロに限ってまさかとは思うが、こんな事を言われたら言葉に出来ない切なさがこみ上げてくるではないか。ぎゅうと眉を寄せた顔で、まっすぐクロロに視線をぶつけた。
「何それ……なんで今更、そんな事言うの……」
「なんでだろうな?オレにもよくわからない」