第37章 ダンス
「私、ダンスなんてしたことないんだけど……」
「ハイテンポでもないし、ノリでなんとかなるものだ」
クロロはリネルの腰に手を添えてくる。そこをそっと引き寄せられ、片手を柔らかく握り直された。
これでは吐息がかかるほどの距離感だ。
思い切り、心臓がどくりとなった。
「リネル」
わかりやすいまでに動揺する様をからかわれるかと思ったが、そうではなかった。
クロロの声は落ち着いているし発せられる微かなオーラにはゆったりした穏やかさがある。
小馬鹿にするでもなく、ありありと艶のある雰囲気を作るでもない。まずは落ち着け、そういう態度で接してくるあたりどこまでもクロロの狡い所である。
「では礼から。お相手頂き光栄だ」
「……こちらこそ、お誘い頂きありがとう」
そのまま音楽に包まれるように、ゆっくりとダンスフロアに溶け込んでいった。
初めは緊張もあったものの、いざ寄り添い踊り出すと周りの雰囲気にうまく飲まれるものである。クロロの言うとおりノリで何とかなるものだと思い直す反面、クロロは一体どこでスマートに女性をエスコートする術を学んだのかと思うとやや複雑な気持ちが芽生えなくもない。
とにかく距離が近い。
数センチ歩幅を誤ったら頬も胸元もクロロに触れてしまいそうで、足元だけは緊張感を保っていた。
顔を上げる事も気まずいので、視線は握られた手元に外した。動きにつられてクロロの袖口から時折覗くカフスボタンを見ながら、小声で話を進めた。
「クロロ、やっぱり今日来たんだね」
「お前の情報のおかげでな」
「今日の目的はその剥製なんだよね?」
「ああ」
「じゃあこっちの邪魔はしないよね?」
「もちろんそんな気はない。そちらの出方次第だけどな」
「もうすぐここの当主が死ぬ。そうすればむしろそっちもやりやすくなるでしょ?騒ぎにしたくないし目標が死ぬまでは大人しくしててって皆に指示してよ」
その刹那、くんと手首を引かれた。
思わず驚いた顔をしてしまった。
「そこまでは出来かねるな。お前らの邪魔はしないが協業もしない」
「…ケチ。あとそうだ、能力者が雇われてるかもって情報、何か知ってる?」
「ああ、それなら噂程度は掴んだが定かではないし、今の所はそんな気配も特にないしな」
「…そっか…」