第32章 準備
ゼノの話に耳を傾けながら、リネルはふと思い出した。
“そういえば、初めてイルミに会った日も暗殺現場であった事実”
今となっては懐かしい記憶だ。そんなリネルの心中を知ってか知らずか、ゼノは少し含みのある声で口にした。
「人の縁とはわからんもんじゃな。それを我が一族の生業が繋いでおるから面白い」
「……?……」
ゼノの言葉の真意は曖昧で、リネルは不思議そうに瞳を丸めた。ゼノはそれに構うことなく声色を変えて話題を変えた。
「そういえば、明日の仕事場は財閥のパーティーだそうだが準備は終わっとるのか?」
「え?まぁ……」
ハンター協会でも時折簡易的なパーティーは催されるので出席経験はある。準備と言えば、衣装とマナーくらいだろうが 綺麗めワンピースや軽いドレスは一応は持ち合わせている。
後は当日にヘアとメイクを普段よりも念入りに支度するくらいであろうか。
「クリスフォードと言えばさぞかし格式高い大規模なパーティーを催すじゃろうしな」
「はぁ……」
「暗殺の知識を入れるのもいいが その場に違和感のない服装や立ち居振る舞い、気配を消すにはそういう周りの雰囲気に溶け込む工夫も大切じゃ」
「……………」
「衣服や貴金属のブランドにも財閥の息がかかる派閥がある。身につける物がクリスフォードの傘下であるのか、同行者同士の所持物の相性は合っているのか」
「……………」
「まさかとは思うが、そちらの準備はしていないなんて事はなかろうな?」
「えと、…………失礼します!!!」
リネルは次の瞬間、ゼノの前から逃げるように早足でその場を去った。
そんなに裏の裏をかいた用意が必要だったなんて イルミからは一言も説明がなかったではないか。
「心掛けは結構じゃが、まだ少し詰めが甘いようじゃのう……」
ゼノの溜息まじりな声を背中に聞きながら書庫を出た。リネルは自室のクローゼットの中に持ち合わせる服を、必死に思い出していた。