第3章 決断
5日後。
ほぼ寝ずに雑務全てを片付けた後、リネルはようやく例のターゲットが潜伏するという廃墟ビルに出向く時間を得た。
資料によれば相手は放出系念能力者。さすがに一撃という訳には行かず数分は戦闘になったが、これでもリネルは協会お墨付のハンターだ。さほどの敵ではなかった。
相手が体勢を崩した隙に一気に距離を詰める。放出系能力者は間合い内での戦いが苦手なケースが多い、リネルは一瞬の殺気を出し 念を変化させた鋭い手刀でもって ターゲットの頸動脈を狙った。
「…ぐっあ…!」
「ごめんなさい。お仕事なので」
ターゲットはその場にばたりと倒れこんだ。
必要な場合ももちろんあるが、殺しはどうにも好きではなかった。終わった後の空虚な気持ちとその場に漂う生臭い血の臭いが、昂ぶった神経を下手に撫でてくる。
どろどろ瓦礫の上に伝う血液を睨むように見る。殺した瞬間にすぐ離れた筈が、自身の掌と服の袖についてしまった血の跡が極めて不快に思えた。
「……これだからヤダ。もう着られないじゃんこの服」
そもそも何故こんなに虚しい気分を味合わなければならないのか。普段であれば金で解決出来る簡単な殺しは、イルミに依頼してしまえば楽な筈だ。なのにどうしても今のリネルにはその選択肢がなかった。
足が固まってしまう。眉間の奥が重く頭が働かないのはここしばらくはまともに眠っていないせいだろうか、心身ともにそろそろ限界のようだった。
抹殺の証拠を自身のスマホに保存しパリストンに仕事完了の連絡を入れる。リネルはなんとかその場から足を動かした。
部屋を出ようとする刹那、よく知る強い気配を感じた。相手もこちらの気配を察している様子、その証拠に得意の気配断ちをせずにいる。
この間の悪さに深い溜息が出てしまう、ぼやりと暗がかりに浮かぶのは間違いなくイルミのシルエットだった。
「やっぱりリネルだ なにしてるの?」
「お仕事」
「もしかしてオレのターゲット殺っちゃったの?」
スタスタと足を進めてくるイルミは床にうつ伏せに倒れているターゲットを確認すべく、片膝を折りしゃがみ込んだ。リネルはイルミの後頭部を冷めた目で見下ろしていた。